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自閉のある成人でPTSD症状が重くなりやすい背景

· 9 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

このブログ記事は、自閉スペクトラム症(ASD)やADHDを中心とした発達特性を、脳・認知・環境・心理という複数レベルから捉え直す最新研究をまとめて紹介しています。具体的には、7テスラMRIを用いてASD成人の脳内グルタミン増加という神経化学的特徴を明らかにした研究、大学の実際の教室環境においてADHD特性とクラス人数・空間が注意力に及ぼす影響を検証した環境要因研究、そして自閉のある成人でPTSD症状が重くなりやすい背景に「恥・恐怖・疎外感」といったトラウマ後認知が媒介していることを示した心理学研究が取り上げられています。いずれも、発達障害を単なる診断名や行動特性としてではなく、神経生物学的基盤、学習・生活環境、社会的経験や認知の在り方との相互作用として理解する必要性を示しており、医療・教育・福祉における個別化支援や環境設計、心理的介入の方向性に重要な示唆を与える研究群を紹介する内容となっています。

学術研究関連アップデート

Elevated brain glutamine levels in adults with autism spectrum disorder: A 7T MRS study

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)の成人における脳内の神経化学的な特徴を、従来よりも高精度な**7テスラMRI(7T MRS)**を用いて調べた研究です。ASDではこれまで、興奮性神経伝達(グルタミン酸系)と抑制性神経伝達(GABA系)のバランス異常が関与していると考えられてきましたが、通常の3T MRIでは、神経伝達物質グルタミン酸(Glu)と、その前駆体であるグルタミン(Gln)を正確に区別して測定することが難しいという限界がありました。

本研究ではこの問題を克服するため、7T MRIによってGlu・Gln・GABAを高精度に測定し、ASD成人33名(平均31歳)と健常成人52名を比較しました。測定部位は、**前部帯状皮質(ACC)、視床、右側頭頭頂接合部(TPJ)**という、社会認知や感覚処理に関わる重要な脳領域です。

その結果、ASD群では視床と右TPJにおいてグルタミン(Gln)の濃度が有意に高いことが明らかになりました。一方で、グルタミン酸(Glu)やGABAそのものの量には、明確な群差は見られませんでした。さらにASD群の中では、グルタミン濃度が高いほど感覚過敏などの感覚症状が軽いという負の相関も確認されました。

これらの結果から著者らは、ASDでは単純に「興奮性が高すぎる」というよりも、グルタミン→グルタミン酸へと変換される代謝サイクル(Gln–Gluサイクル)が過剰に回っている可能性、つまり興奮性神経伝達の“調整機構”そのものが変化している可能性を示唆しています。

一言でまとめると、この論文は、

「ASD成人では、社会認知や感覚処理に関わる脳領域でグルタミンが増加しており、興奮性神経伝達の調整異常がASDの神経化学的基盤の一部である可能性を、7T MRSという最先端技術で示した研究」

です。ASDを行動や心理だけでなく、脳内代謝レベルから理解しようとする重要な一歩となる研究であり、将来的にはバイオマーカー探索や薬理学的介入の方向性にもつながる知見といえます。

The impact of ADHD symptoms, class size, and classroom area on university students’ selective attention

この論文は、大学の実際の教室環境において、学生の選択的注意力が「ADHD症状の強さ」「その時の精神的疲労」「教室の物理的・社会的条件(人数と広さ)」によってどのように左右されるのかを検討した実証研究です。多くの注意研究が実験室環境で行われる中、本研究は授業中その場(in situ)で注意課題を実施している点が特徴です。

研究では、イランの大学生134名を対象に、ADHD症状の強さをASRS(成人ADHD自己記入式スクリーナー)、精神的疲労をメンタル・ファティーグ尺度(MFS)で評価し、注意力は制限時間付きのd2注意検査によって「正確さ」と「処理速度」を測定しました。あわせて、教室の面積(㎡)とクラスの人数を客観的な環境要因として分析に組み込み、**PLS-SEM(部分最小二乗構造方程式モデリング)**でそれぞれの影響を検証しました。

その結果、ADHD症状が強い学生ほど、選択的注意の成績が低いことが明確に示されました。この関係は、精神的疲労の程度とは独立しており、「疲れているから注意が落ちる」というより、ADHD特性そのものが注意成績を左右していることが示唆されました。一方で、理論的に予測されていた「精神的疲労がADHDと注意の関係を悪化させる」という調整効果は確認されませんでした。

さらに重要な点として、教室の環境要因が注意力に有意な影響を及ぼすことが明らかになりました。具体的には、クラスの人数が少ないほど、また一人あたりの空間が広い教室ほど、注意成績が高い傾向が見られました。これは、ADHD症状の影響が、混雑した・狭い学習環境によって増幅されやすい可能性を示しています。

一言でまとめるとこの論文は、

「大学生の注意力は、その場の疲労状態よりもADHD特性の強さに強く左右され、さらに教室の人数や広さといった環境条件が、その注意のしにくさを大きく左右する」

ことを、実際の授業環境で客観的に示した研究です。合理的配慮や学習環境設計を考えるうえで、個人特性への配慮だけでなく、『少人数化』『十分な空間確保』といった物理的環境の調整が、ADHD傾向のある学生の学習を支える重要な手段になり得ることを示唆する、教育実践に直結した知見といえます。

Post-traumatic stress disorder in autistic and non-autistic adults: The impact of appraisals on reactions to traumatic events

この論文は、自閉スペクトラムのある成人が、なぜ非自閉の人に比べて心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状が重くなりやすいのかを、「トラウマ体験そのもの」ではなく、**トラウマ後の“受け止め方(認知・評価)”**という視点から検討した研究です。

研究では、英国在住の自閉のある成人148名と非自閉の成人94名を対象に、①経験したトラウマの種類、②PTSD症状の重さ、③トラウマ後に抱いた考えや意味づけ(例:「自分のせいだ」「人と切り離された感じがする」「世界は危険だ」など)をオンライン調査で測定しました。

その結果、トラウマの種類の数自体は両群で大きな差はなかった一方で、自閉のある人は「自分に直接起きた」と感じる出来事をより多く経験していました。また、PTSD症状の重さは自閉のある人で有意に高く、診断カットオフを超える人も多いことが確認されました。

特に重要な発見は、トラウマ後の否定的な認知(評価)が、自閉とPTSD症状の重さを結びつける“媒介要因”になっていた点です。なかでも、

  • 疎外感(人と切り離されている感覚)
  • 恥や自己責任感
  • 強い恐怖や安全感の欠如

といった評価が、自閉のある人でより強く、これらがPTSD症状の重さと密接に関連していました。つまり、**「自閉だからトラウマを多く経験する」のではなく、「トラウマ後に抱きやすい考え方の傾向が、症状の悪化に関わっている可能性」**が示されたのです。

一言でまとめるとこの論文は、

「自閉のある成人でPTSD症状が重くなりやすい背景には、恥・恐怖・疎外感といった否定的なトラウマ後認知が大きく関与しており、これらは治療や支援の重要な標的になり得る」

ことを示した研究です。認知に焦点を当てたPTSD治療(認知処理療法など)が、自閉のある人にも有効である可能性を示唆すると同時に、いじめや社会的排除など、診断基準に必ずしも当てはまらない出来事でも深刻なトラウマになり得るため、支援の対象から排除すべきではないという重要なメッセージも含んでいます。

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