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妊娠中の母親の運動が、将来ADHD様の特性を示す子どもの発達にどのような影響を与えるか

· 6 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

このブログ記事は、発達障害(主にADHDとASD)をめぐる「脳・発達・行動の関係」を、予防・診断・鑑別という異なる角度から捉えた最新の学術研究を紹介している点が特徴です。前半では、ADHDモデル動物を用いた基礎研究を通じて、妊娠期の母体の運動が、子どもの行動発達やドーパミン系の異常を予防し得るという「発達初期・予防的介入」の可能性が示されています。後半では、ASDのある青年に出現した精神病様症状が、小脳腫瘍という可逆的な脳器質疾患の治療によって完全に消失した症例を紹介し、ASDにおける精神症状を「併存精神疾患」として固定的に捉える危険性や、小脳を含む脳全体の評価の重要性を強調しています。全体として本記事は、発達障害を静的な診断名としてではなく、発達過程・脳機能・環境要因の相互作用として理解する視点を提示し、予防から鑑別診断までを射程に入れた、臨床・研究・支援を横断する知見をまとめた内容となっています。

学術研究関連アップデート

Gestational physical exercise prevents early-life behavioral impairments in the offspring of a rat model of attention deficit hyperactivity disorder

この論文は、妊娠中の母親の運動が、将来ADHD様の特性を示す子どもの発達にどのような影響を与えるかを、動物モデルを用いて検証した基礎研究です。研究では、ADHDのモデル動物として広く用いられる自然発症高血圧ラット(SHR)を用い、妊娠中の母ラットに水泳運動を行わせた場合と行わせなかった場合で、子どもの行動や脳内ドーパミン系の変化を比較しました。

その結果、妊娠中に運動を行った母ラットから生まれた子どもでは、乳児期(生後1~2週)に見られる発達初期の行動障害(姿勢反射やにおい識別の困難)が予防されていることが示されました。さらに思春期にあたる時期(生後4~5週)では、ADHDモデルラットに特徴的な過剰な新奇追求行動(落ち着きのなさや衝動性に近い行動)が有意に抑えられていました。脳の分子レベルでは、前頭皮質におけるドーパミンD2受容体(D2R)やドーパミントランスポーター(DAT)の発現が低下しており、ADHDに関連するとされるドーパミン系の異常が修正されている可能性も示唆されました。

一言でまとめるとこの研究は、

「妊娠中の適度な運動は、ADHDモデル動物の子どもに現れる行動や脳内ドーパミン系の異常を予防し得る」

ことを示したもので、ADHDを「生後に治療するもの」だけでなく、発達初期から予防的に捉える可能性を提示しています。もちろんヒトへの直接的な適用には慎重さが必要ですが、妊娠期の生活習慣が子どもの神経発達に長期的影響を与えることを示す重要な基礎的エビデンスと言える研究です。

Cerebellar pilocytic astrocytoma in a patient with autism spectrum disorder and psychotic symptoms: a case report

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)のある青年に出現した幻覚や妄想といった精神病様症状が、小脳腫瘍の治療によって完全に消失したという、非常に示唆的な症例報告です。精神病症状は一般に前頭葉や側頭葉の腫瘍と結びつけて考えられることが多く、小脳腫瘍が直接的に精神病症状と関連するケースはまれですが、本症例はその常識を見直す重要な手がかりを与えています。

患者は16歳の男子で、幼少期から視線が合いにくい、音への過敏さ、こだわりの強さ、対人関係の困難など、典型的なASD特性を示していました。13歳頃から幻聴、妄想、思考のまとまりにくさといった精神病様症状が出現し、ASDに併存する統合失調症様症状と考えられていました。しかしMRI検査により、**小脳に約3cmの腫瘍(毛様細胞性星細胞腫)**が発見され、外科的に摘出されました。

注目すべき点は、抗精神病薬を一切使用しないまま、手術後に精神病症状が完全に消失したことです。その後3年間の追跡でも再発はなく、一方でASDの中核特性(社会的困難や感覚過敏など)は変化しませんでした。この経過から、精神病症状はASDそのものではなく、小脳腫瘍に起因していた可能性が高いと考えられます。

この症例が示す重要なメッセージは次の点です。

  • 小脳は運動だけでなく、認知・感情調整・社会的行動に深く関与している
  • 小脳の機能異常が、統合失調症様の精神病症状を引き起こし得る
  • ASDのある人に精神病症状が現れた場合、精神疾患の併存と決めつけず、脳器質疾患(特に小脳病変)を慎重に除外する必要がある

一言でまとめると、この論文は、

「ASDに併存する精神病症状の背景に、小脳腫瘍という可逆的な原因が隠れている場合があり、小脳は社会性や精神症状にも深く関わる脳領域である」

ことを明確に示した症例報告です。ASD・精神病・脳機能の関係を考えるうえで、臨床的にも理論的にも非常に重要な示唆を与える研究と言えます。

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