発達性ディスレクシアにおける実行機能困難を「検査」と「日常行動」の両面から評価する必要性
本記事は、発達障害(主に自閉スペクトラム症〈ASD〉、ADHD、発達性ディスレクシア)をめぐる最新研究を横断的に紹介し、「医療・教育・家庭・社会環境」の各レベルで何が分かりつつあるのかを整理した特集的まとめです。具体的には、①ASDにおける向精神薬(抗精神病薬・SSRI)の使用実態と薬剤変更の多さという医療的課題、②通常学級に在籍するASD児の攻撃的行動が、友人関係・教師との関係・「差別されているという感覚」と密接に結びつくという学校環境の重要性、③AACを使う子どもを支える保護者への非同期オンライン研修の有効性という実践的支援モデル、④ASDの脳構造変化を行動特性別に捉える新しい神経科学的アプローチ、⑤ASDとアルツハイマー病に共通する可能性のある脳脊髄液排出・老廃物処理システムという仮説的病態モデル、⑥受動喫煙・三次喫煙が若年成人のADHD症状や実行機能低下と関連する環境リスク、⑦発達性ディスレクシアにおける実行機能困難を「検査」と「日常行動」の両面から評価する必要性、といった研究を取り上げています。全体として、発達障害を「個人の特性」だけでなく、脳・身体・環境・支援システムの相互作用として捉え、個別化・持続可能・エビデンスに基づく支援設計が求められていることを示す研究群を紹介した記事です。
学術研究関連アップデート
Utilization of psychotropic medications in individuals with autism spectrum disorder
この論文は、米国における自閉スペクトラム症(ASD)当事者(2〜26歳)が、抗精神病薬(第2世代:SGA:主にアリピプラゾール/リスペリドン)やSSRIをどのくらい使い、どれくらい薬を切り替えているのか、そして2012〜2021年でその傾向がどう変化したのかを、大規模な保険請求データで追った研究です。商業保険加入者の全国コホート(IQVIA PharMetrics Plus for Academics)24,730人を解析し、「新規処方(直前に同薬の処方歴がない)」として開始されたケースを中心に、年次トレンドと(詳細版として)2019年の月次推移も確認しました。結果として、対象者の64.6%がSGAまたはSSRIを処方されており、薬のスイッチ(別の薬剤クラスへの変更)はSGA開始群の方が多いことが示されました(SGA開始:年6.13% vs SSRI開始:年3.41%、統計的にも差あり)。さらに内訳として、リスペリドン開始後のスイッチは2012→2021で減少傾向だった一方、アリピプラゾール開始後のスイッチは増加傾向でした。著者らは、SGAで切り替えが多い背景として、副作用の問題や症状改善が十分でない可能性を挙げ、今後は「なぜ変更が起きたのか(臨床判断のプロセス)」や「長期アウトカム」を追う研究が必要だと結論づけています(※データは保険請求に基づくため、個々の症状・副作用・処方理由までは直接わからない点が限界です)。
Effects of Peer Relationships and Teacher-Student Relationships on Aggressive Behaviors in Chinese Children With Autism Spectrum Disorders Placed in Regular Classrooms and the Mediating Role of Perceived Discrimination
この論文は、通常学級に在籍する中国の自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもにおいて、攻撃的行動がどのような学校内の人間関係と結びついているのかを検討した研究です。特に、友だち関係や教師との関係が「差別されていると感じる気持ち(知覚された差別)」を通じて、攻撃的行動にどう影響するのかという心理的メカニズムに焦点を当てています。
研究では、中国・広州の通常学級に通うASD児189名とその担任教師を対象に、行動課題、質問紙、教師評価を組み合わせてデータを収集し、**PLS-SEM(部分最小二乗法による構造方程式モデリング)**で分析しました。
主な結果は次の3点です。
- 友だち関係が良いほど、また教師との関係が良いほど、ASD児の攻撃的行動は少ない
- 「自分は周囲から差別されている/受け入れられていない」と感じるほど、攻撃的行動は増える
- 友だち関係や教師との関係は、直接攻撃性を下げるだけでなく、「差別されているという感覚を弱める」ことを通じて、間接的にも攻撃的行動を減らしている
つまり、攻撃的行動は単なる「問題行動」ではなく、人間関係の質や、学校の中でどれだけ安心して受け入れられていると感じられるかと深く結びついていることが示されました。
この研究が示す重要な示唆は、ASD児の攻撃的行動への対応として、
-
叱責や行動修正に偏るのではなく
-
友人関係を育てる支援や
-
教師が安心感と公平さを示す関わりを強化することで、
子ども自身の「差別されている」という感覚を減らすことが、結果的に行動改善につながるという点です。
一言でまとめると、この論文は、
「通常学級におけるASD児の攻撃的行動は、仲間や教師との関係性、そして『受け入れられていないと感じる体験』と密接に関係しており、包摂的で支援的な学校環境づくりが行動面の安定につながる」
ことを明確に示した、インクルーシブ教育の実践に直結する研究です。
Effects of an asynchronous, online training program for caregivers of children with autism using augmentative and alternative communication
この論文は、発話が限られている自閉スペクトラム症(ASD)の子どもをもつ保護者に対して、AAC(拡大・代替コミュニケーション)を支援する方法を「非同期・オンライン」で学べる研修が有効かどうかを検討した研究です。AACを使う子どもにとって、日常的に関わる保護者は最も重要なコミュニケーション相手であり、その関わり方を学ぶ「パートナートレーニング」は支援の要となりますが、対面研修は時間や場所の制約が大きいという課題がありました。
本研究では、非同期(好きな時間に視聴・学習できる)オンライン研修を用い、共同の絵本読み場面で保護者がAAC支援ストラテジー(例:AACを使ったモデリング)をどの程度使えるようになるかを、単一事例ランダム化多重プローブデザインで評価しました。対象は5名の保護者で、行動の変化を視覚的分析と統計的分析(Tau-U)によって検討しています。
結果として、5名中4名の保護者が、研修後に目標とされたAAC支援ストラテジーを習得しました。オンライン研修の導入と、保護者のAACストラテジー使用のあいだには機能的関係が確認され、特に「子どもにAACを見せて使い方を示す(モデリング)」などの要素行動でも改善が見られました。効果量を示すTau-Uの分析でも、中程度から大きな効果が示されています。
この研究が示す重要なポイントは、対面でなくても、適切に設計された非同期オンライン研修で、保護者の実践的なAAC支援スキルは十分に向上しうるという点です。保護者にとっては、仕事や家事、育児の合間に学べる柔軟性とアクセスのしやすさが大きな利点であり、支援の裾野を広げる可能性があります。
一言でまとめると、この論文は、
「AACを使う自閉症の子どもを支える保護者に対し、非同期型のオンライン研修は、実践的な関わり方を身につけるための有効で現実的な支援手段になり得る」
ことを示した研究です。今後は、こうしたオンラインプログラムをどのように広く展開し、子どものコミュニケーション成果につなげていくかが課題であると示唆されています。
Brain morphological changes in autism spectrum disorder related to multiple behavioral spectrums: a behavioral-causal structural covariance network analysis
この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)における脳の形態(灰白質量)の変化が、どの行動特性とどのように結びついているのかを、「因果的な変化」という新しい視点から明らかにしようとした研究です。ASDでは脳構造の違いが多く報告されていますが、どの脳領域の変化が先に起こり、どの行動特性と関係しているのかは、これまで十分に分かっていませんでした。
本研究では、ASDのある131名と定型発達者246名の脳MRIデータと行動評価データを用い、ASDの脳構造パターンをもとに2つの神経解剖学的サブタイプに分類しました。さらに著者らは、BCaSCN(行動―因果的構造共分散ネットワーク)という新しい解析手法を開発しました。これは、ASDの重症度指標であるSRS(社会応答性尺度)の得点順に脳データを並べることで、実際の縦断データではないものの、「病状の進行」を疑似的に再現した時系列データを作り、脳領域どうしの因果関係を推定する方法です。
その結果、次の点が明らかになりました。
- ASDには、灰白質量の変化パターンが異なる2つの脳サブタイプが存在する
- それぞれのサブタイプで、脳構造変化の因果的なつながり方(どこが変化の起点になりやすいか)が異なる
- 行動領域ごとに見ると、
- サブタイプ1では「認知(理解・思考)」領域に関連する脳ネットワークの因果的結びつきが強い
- サブタイプ2では「動機づけ・常同行動・コミュニケーション」に関連するネットワークの因果的結びつきが強い
つまり、ASDの脳の変化は一様ではなく、行動特性の違いに対応した“異なる変化の連鎖”が存在する可能性が示されました。
一方で著者らは、この研究が実際の縦断(長期追跡)データではなく疑似的な時系列を用いている点を限界として挙げており、今後は本当の長期MRIデータでの検証が必要だとしています。
一言でまとめると、この論文は、
「ASDには脳構造変化の“タイプ”があり、それぞれが異なる行動特性(認知重視型・動機づけ/コミュニケーション重視型)と結びついた因果的な脳変化パターンを示している」
ことを示した研究です。ASDを一つの疾患としてではなく、脳と行動の関係からサブタイプとして理解し、個別化支援や将来のバイオマーカー開発につなげる重要な基礎知見を提供しています。
Frontiers | Pathophysiologic Similarities between Autism Spectrum Disorder and Alzheimer's Disease: Therapeutic possibilities
この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)とアルツハイマー病(AD)という、一見まったく異なる2つの疾患に共通する「脳の病態メカニズム」が存在する可能性に注目した、理論的・統合的レビュー研究です。発達障害と神経変性疾患を横断的に捉える、やや挑戦的で新しい視点を提示しています。
著者らが中心的に提案しているのは、脳脊髄液(CSF)の排出・浄化システムの障害です。通常、CSFは「グリンパティックシステム」と呼ばれる仕組みを通じて、脳内の老廃物(アミロイドβやタウ蛋白など)をリンパ系へ排出しますが、ASDとADの両方で、
- CSFのリンパ排出が低下している可能性
- 特に鼻腔(鼻甲介)を通るリンパ排出経路の機能不全
- その結果として、アミロイドやタウなどの老廃蛋白が脳内に蓄積しやすくなる
という共通点があると論じています。
実際に、既存研究から両疾患に共通して報告されている所見として、
- 脳内の老廃蛋白の蓄積
- 脳外(くも膜下)CSF量の増加
- 血管周囲腔(EPVS)の拡大
- MRIで示唆されるグリンパティック機能障害
- 嗅覚障害
などが挙げられています。これらはADでは比較的よく知られた所見ですが、ASDにおいても近年、同様の特徴が報告されつつあります。
著者らは、ASDとADのすべてが同じ病気であると主張しているわけではありません。一部はまだ仮説的であることを認めつつも、「脳の老廃物処理」という共通の生物学的弱点が、発達期(ASD)と老年期(AD)という異なるタイミングで、異なる症状として現れている可能性を示唆しています。
さらに本論文の重要な点は、治療の可能性にまで踏み込んでいることです。著者らは、
- グリンパティックシステムの流れを改善する介入
- CSFを脳 → 髄膜リンパ → 鼻甲介リンパ系へと促進するアプローチ
- 鼻腔やリンパ排出経路を標的とした新たな治療・予防戦略
といった、従来とは異なる治療研究の方向性を提案しています。
一言でまとめると、この論文は、
「ASDとアルツハイマー病には、脳脊髄液の排出障害という共通の病態基盤がある可能性があり、脳の“老廃物処理システム”を標的とした新しい治療研究が開けるかもしれない」
と提案するレビューです。ASD研究を発達だけでなく生涯的な脳機能の視点から捉え直すきっかけを与える、仮説駆動型の意欲的な論文と言えます。
Frontiers | Associations of Environmental Tobacco Smoke with ADHD and Executive Function in Early Adulthood: Results from a Cross-Sectional Study
この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)とアルツハイマー病(AD)という、一見まったく異なる2つの疾患に共通する「脳の病態メカニズム」が存在する可能性に注目した、理論的・統合的レビュー研究です。発達障害と神経変性疾患を横断的に捉える、やや挑戦的で新しい視点を提示しています。
著者らが中心的に提案しているのは、脳脊髄液(CSF)の排出・浄化システムの障害です。通常、CSFは「グリンパティックシステム」と呼ばれる仕組みを通じて、脳内の老廃物(アミロイドβやタウ蛋白など)をリンパ系へ排出しますが、ASDとADの両方で、
- CSFのリンパ排出が低下している可能性
- 特に鼻腔(鼻甲介)を通るリンパ排出経路の機能不全
- その結果として、アミロイドやタウなどの老廃蛋白が脳内に蓄積しやすくなる
という共通点があると論じています。
実際に、既存研究から両疾患に共通して報告されている所見として、
- 脳内の老廃蛋白の蓄積
- 脳外(くも膜下)CSF量の増加
- 血管周囲腔(EPVS)の拡大
- MRIで示唆されるグリンパティック機能障害
- 嗅覚障害
などが挙げられています。これらはADでは比較的よく知られた所見ですが、ASDにおいても近年、同様の特徴が報告されつつあります。
著者らは、ASDとADのすべてが同じ病気であると主張しているわけではありません。一部はまだ仮説的であることを認めつつも、「脳の老廃物処理」という共通の生物学的弱点が、発達期(ASD)と老年期(AD)という異なるタイミングで、異なる症状として現れている可能性を示唆しています。
さらに本論文の重要な点は、治療の可能性にまで踏み込んでいることです。著者らは、
- グリンパティックシステムの流れを改善する介入
- CSFを脳 → 髄膜リンパ → 鼻甲介リンパ系へと促進するアプローチ
- 鼻腔やリンパ排出経路を標的とした新たな治療・予防戦略
といった、従来とは異なる治療研究の方向性を提案しています。
一言でまとめると、この論文は、
「ASDとアルツハイマー病には、脳脊髄液の排出障害という共通の病態基盤がある可能性があり、脳の“老廃物処理システム”を標的とした新しい治療研究が開けるかもしれない」
と提案するレビューです。ASD研究を発達だけでなく生涯的な脳機能の視点から捉え直すきっかけを与える、仮説駆動型の意欲的な論文と言えます。
Assessing Executive Functions in Children With Developmental Dyslexia: A Comprehensive Approach
この論文は、発達性ディスレクシア(Developmental Dyslexia:DD)のある子どもに見られる実行機能(Executive Functions:EF)の困難を、多角的に評価した研究です。ディスレクシアは読み書きの困難が中心とされがちですが、近年、抑制・ワーキングメモリ・柔軟な思考といった実行機能の弱さが学習や日常生活に大きく影響していることが指摘されています。本研究は、「テスト上の能力」と「日常生活での行動」の両面からEFを捉える点が特徴です。
研究には、7〜16歳のディスレクシア児40名が参加しました。実行機能の評価には、課題遂行型検査であるChild Executive Functions Battery(CEF-B)を用いて、抑制・ワーキングメモリ・柔軟性・計画の4領域を測定し、あわせて保護者・教師による日常行動評価であるBRIEFも実施しました。また、ADHDの併存がEF評価にどのような影響を与えるかも検討されています。
その結果、67.5%の子どもが少なくとも1つ以上のEF領域で明確な困難を示し、特に抑制・ワーキングメモリ・計画性の弱さが目立ちました。日常場面を反映するBRIEFでも、半数以上(55.9%)に実行機能の問題が認められ、学校や家庭での困りごとが裏付けられました。一方で、課題検査(CEF-B)と行動評価(BRIEF)の相関は低く、両者が異なる側面の実行機能を捉えていることが明らかになりました。
ADHD併存の影響については、テスト成績(CEF-B)では大きな差は見られなかった一方、BRIEFではADHDを併存する子どもの方が、日常生活上の困難がより強く評価される結果となりました。これは、注意や行動調整の問題が、日常環境ではより顕在化しやすいことを示唆しています。
一言でまとめると、この論文は、
「ディスレクシアのある子どもは、読み書きだけでなく実行機能にも広範な困難を抱えており、検査と日常行動の両面から評価することが不可欠である」
ことを示した研究です。学習支援や合理的配慮を考える際には、音韻処理への支援だけでなく、抑制・ワーキングメモリ・計画性を補う具体的な支援を組み合わせる必要性を強く示唆しています。
