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ADHD・ASDを現代社会との神経認知的ミスマッチと捉える理論的再定義

· 9 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、発達障害に関する最新の学術研究を紹介しています。ADHDと情動調整困難の関係性を明らかにした大規模ネットワーク分析、ASDに対するTEACCHプログラムの社会的機能改善効果、ASD児の親における自己スティグマとメンタルヘルスの関連、ADHD・ASDを現代社会との神経認知的ミスマッチと捉える理論的再定義、そしてASDモデルマウスに対する亜鉛補給の腸内環境・遺伝子発現への影響に関する研究など、個人の問題に矮小化されがちな発達特性を、社会的・生態的文脈の中で捉え直す視点を提示しています。これらは、包括的で構造的な支援の必要性と、新たな治療・介入の可能性を示唆しています。

学術研究関連アップデート

Network relationships between emotional dysregulation and ADHD symptoms: an investigation of 13,207 clinical children and adolescents

この研究は、13,207人の臨床的に紹介された子どもと青年を対象に、情動調整困難(ED)と注意欠如・多動症(ADHD)の症状がどのように共起しているかネットワーク分析によって明らかにしたものです。EDはSDQ-DP(行動強度・困難質問票の情動調整困難プロファイル)を、ADHDはSNAP-IV(保護者による評価)を用いて測定されました。

分析の結果、「注意の持続が困難」(SNAP-2)が全体のネットワークで最も中心的な症状とされ、ADHDとEDの両方において重要な役割を果たしていることがわかりました。また、EDの中核症状としては、「落ち着きがない」(SDQ-2)「しばしば悲しみ・涙を見せる」(SDQ-13)「すぐにかっとなる」(SDQ-5)などが特定され、EDが興奮性・抑うつ・易刺激性の3タイプに分類できることが示唆されました。

さらに、ADHDとEDをつなぐ「橋渡し症状(bridging symptoms)」として、SDQ-2、SDQ-15(集中が続かない)、**SNAP-14(じっとしていられない)**などが特定されました。

これらの中心・橋渡し症状は、共存するADHDとEDの予防や治療における有望なターゲットであり、個別化された支援介入の開発にもつながる重要な知見とされています。

Effects of TEACCH on social functioning in individuals with autism spectrum disorders: a systematic review and meta-analysis - BMC Pediatrics

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある人々に対して行われたTEACCH(自閉症および関連コミュニケーション障害児の治療と教育プログラム)の効果を、社会的機能の向上という観点から検討したシステマティックレビューとメタアナリシスです。

2024年3月までに発表された関連研究を体系的に収集・分析した結果、11件の研究(計701名のASD当事者)を対象に、TEACCH実施群は以下の点で対照群よりも有意に良好な結果を示しました:

  • 社会性スコアの向上(MD = 0.6)
  • 認知的パフォーマンスの向上(MD = 1.34)
  • 微細運動能力の向上(MD = 0.7)
  • 自閉症行動チェックリスト(ABC)スコアの低下
  • 小児自閉症評価尺度(CARS)スコアの低下
  • 自閉症治療評価チェックリスト(ATEC)スコアの低下

これらの結果は、TEACCHがASD児者の社会的スキル・認知力・運動機能の発達を支援する上で有望な手法であることを示しています。一方で、模倣、日常生活、言語的認知といった他の領域では有意な改善が認められなかったため、TEACCHがASDの中核症状にどの程度効果があるかについては、今後のさらなる研究が必要とされています。

Influence of Self-stigma on Stress, Depression and Anxiety, Psychological Well-being and Resilience in Parents of Children Diagnosed with Autism Spectrum Disorder

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもを育てる親のメンタルヘルスに対する「自己スティグマ(self-stigma)」の影響を明らかにしたものです。


🔍 主な内容と結果:

  • 対象:スペイン・アルメリアおよびムルシア州のASD児の親328名(27〜58歳、平均年齢37.32歳)
  • 調査項目
    • 親自身の自己スティグマ
    • 抑うつ、不安、ストレス
    • 心理的ウェルビーイング
    • レジリエンス(回復力)

🧠 主な発見:

  1. 自己スティグマが強いほど、抑うつ・不安・ストレスが高い
  2. これらのネガティブな感情は、心理的ウェルビーイングを低下させる
  3. 心理的ウェルビーイングが高い人ほど、レジリエンスも高い
  4. よって、自己スティグマはメンタルヘルスの悪化を通じて、親の心理的強さ(レジリエンス)にも間接的な悪影響を及ぼす

🧩 意義:

  • ASDのある子どもの親は社会からの偏見だけでなく、「自分が劣っている・恥ずかしい」といった内面化された偏見(自己スティグマ)にも苦しんでいる
  • これは心の健康に深刻な影響を与えるため、親への支援や社会的啓発の必要性が強調される

この研究は、ASD支援における家族支援の重要性、特に親の自己スティグマ軽減が心の健康と回復力を支える鍵になることを示しています。

Frontiers | ADHD and Autism in Neurocognitive Mismatch Theory: Distinct Neurodevelopmental Incompatibilities with the Market-Based System

この論文は、ADHD(注意欠如・多動症)とASD(自閉スペクトラム症)を「脳の障害」ではなく、「現代社会とのミスマッチによって不適応状態にされてしまった神経発達のバリエーション(多様性)」として再定義するものです。


🧠 論文の主張:

  • ADHDとASDは、生物学的に進化的価値のある特性であり、過去の環境では適応的だった。
  • しかし、**現代の市場主導型社会(industrial-market society)**では、以下のような環境要因によりこれらの特性が「障害」として現れる:
    • 慢性的ストレス
    • 不平等
    • 過剰な刺激
    • 環境毒性
    • 創造的・本能的な認知の抑圧

🌍 環境が“病理”を作り出している:

  • この理論では、「脳が原因である」という従来の見方を否定し、「環境こそが問題である」と位置付ける。
  • つまり、ADHDやASDの特性は本来は障害ではなく、適応の一形態であるが、現代社会の構造的特徴がそれを不適応としてしまっている。

📚 根拠として挙げられている分野:

  • 進化生物学:特定の認知特性が人類進化の過程で保存されてきた理由
  • 発達神経科学:胎児期や幼少期の環境が脳の発達に与える影響
  • 社会疫学:社会的ストレスや不平等が心身に与える影響
  • 政治経済学:市場中心の社会が個人の発達に与える構造的制限

🔄 提言:

  • 個人の“矯正”ではなく、社会構造の“変革”が必要
  • より**包摂的(inclusive)**で、発達的に尊重された(developmentally respectful)、**生態学的に整合性のある(ecologically coherent)**メンタルヘルスの枠組みを構築すべき

📝 補足(背景理解に役立つ):

  • この論文は、医学モデル(障害=治すべき脳の欠陥)に対する社会モデルや生態モデルに基づいた批判的視点を提供します。
  • 特に、教育・就労・臨床の現場で見られる「適応できないこと=本人の問題」とする考え方への警鐘とも言えます。

Frontiers | Effect of dietary zinc supplementation on the gastrointestinal microbiome and host gene expression in the Shank3B -/-mouse model of autism spectrum disorder

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)の一因とされるShank3遺伝子の欠損を持つマウス(Shank3B -/-)に対して、亜鉛を含む食事の影響を調べたものです。特に「腸内細菌叢」「腸と脳の相互作用(腸-脳軸)」「遺伝子発現の変化」に注目し、食事によるASD様行動の改善の仕組みを探っています。


🧠 研究の背景と目的:

  • SHANK3遺伝子の異常は、自閉症の約1%の人に関係し、Shank3B -/-マウスは自閉症様の行動を示す。
  • 亜鉛不足消化器の問題はASDの人々にしばしば見られ、SHANKタンパク質の機能や腸の発達には亜鉛が重要。
  • 先行研究では、亜鉛の補給がASD様行動を改善することが示されていたが、そのメカニズムは不明だった。

🔬 方法:

  • Shank3B -/-マウスと通常のマウスに対し、通常食と亜鉛補給食の2条件を設定。
  • *腸の4部位(回腸・盲腸・結腸・糞便)**から微生物サンプルを採取。
  • 腸内細菌・真菌の多様性、宿主の遺伝子発現(代謝、免疫など)、メタゲノム解析により、腸内環境と遺伝子の変化を調査。

📈 主な結果:

  • 腸内細菌の構成は、**ケージ(12.8%)>遺伝子型(3.9%)>食事中の亜鉛(2.3%)**という順で影響を受けた。
  • Shank3B -/-マウスでは、通常食では腸内真菌の多様性が低下
  • 代謝関連遺伝子や抗菌応答遺伝子の発現が上昇していた。
  • 亜鉛補給群では、脂肪酸の合成や運搬、神経伝達物質受容体、亜鉛輸送に関わる菌の増加が見られた。
  • これらは、腸内細菌と宿主の相互作用が変化し、双方にとって有益な代謝環境にシフトしている可能性を示唆。

🧩 結論と意義:

  • 亜鉛の摂取が腸内微生物の構成と代謝遺伝子の発現を変えることで、ASD様行動や消化器症状を改善する可能性がある。
  • ASDの症状緩和において、食事と腸内環境の両面からの介入(たとえばプロバイオティクスや亜鉛補給)が有効な治療アプローチとなりうる。
  • ASDにおける腸-脳軸の理解が進み、腸内環境を標的とした新たな治療の道が開ける可能性を示した研究。