TEACCHは成人にも有効か?一貫しない結果と課題
この記事では、自閉スペクトラム症(ASD)、ADHD、ディスレクシア、知的障害などに関する最新の学術研究を紹介し、臨床的介入(メチルフェニデート、tDCS、TEACCH)、神経科学的アプローチ(脳構造ネットワーク解析)、教育的支援(特別支援教育の当事者視点)、哲学的議論(哲学と自閉症の関係性)、さらに感情理解や姿勢制御、摂食・嚥下障害まで多角的に取り上げています。それぞれの研究は、発達障害の理解と支援の深化に貢献し、当事者のQOL向上や社会的包摂、実践現場での支援の質向上に向けた重要な知見を提供しています。
学術研究関連アップデート
What do philosophers talk about when they talk about autism?
この論文は、「哲学者が自閉症について語るとき、彼らは何を語っているのか?」という問いに答えるために、哲学文献における自閉症の扱いを網羅的に調査したスコーピングレビューです。著者らは、哲学の中で自閉症が取り上げられる機会が極めて少なく、この分野(自閉症の哲学)がまだ十分に発展していないことを指摘しています。さらに、既存の文献における多くの言及が、無批判かつ反省のないものであり、自閉症や自閉的な行動を病理化・非人間化・スティグマ化する誤った情報を再生産していると批判します。本研究は、哲学と自閉症の関係を問い直し、ニューロダイバーシティ(神経多様性)や障害者の権利、そして「狂気」に関する対話に貢献することを目的としています。
Clinical outcomes of a 12-week, first treatment with methylphenidate in an Italian representative sample of children and adolescents with ADHD
この研究は、イタリア・ロンバルディア州におけるADHD(注意欠如・多動症)児・思春期患者を対象に、メチルフェニデート(MPH)による初回治療の12週間にわたる臨床的効果を検討した自然主義的観察研究です。研究では、2017年以降にADHDと診断された患者の中からMPHを処方されたケース(全体の約4分の1)を追跡し、治療前後の機能改善を評価しました。MPHを処方された子どもたちは、より重度のADHD症状や神経精神的併存症を持っている傾向がありました。12週間の治療により有意な臨床的改善が見られた一方で、4週間時点では明確な改善は見られませんでした。また、IQの水準や自閉症の併存がADHDの重症度に影響しており、初診時の重症度が4週間後の症状に、そして4週間後の状態が12週時点での全体的な機能改善に関与していることが示されました。このことから、MPHの効果を正しく評価するには一定の治療期間が必要であり、患者の初期状態や併存症の有無も考慮する必要があることが示唆されます。
Efficacy of neurofeedback in the treatment of Dyslexia: a systematic review
この系統的レビュー研究は、ディスレクシア(読字障害)に対するニューロフィードバック(Neurofeedback)治療の有効性を評価することを目的としています。過去20年以内に発表された、ディスレクシアと診断された人々を対象にニューロフィードバックを用いた介入を行った12本の研究論文が、PRISMAガイドラインに基づき選定されました。分析の結果、ニューロフィードバック単独ではディスレクシアの読解能力向上において明確な有効性は確認されませんでした。また、研究ごとの方法やデザインの違いが大きく、効果の一貫した評価を困難にしていることが指摘されました。現時点では、ディスレクシア治療としてのニューロフィードバックの効果については確かな証拠は乏しく、今後は技術の高度化と介入手法の洗練を通じて、より質の高いエビデンスの構築が求められると結論づけられています。
Predicting later ADHD presentation types from early childhood autism and intellectual disability
この研究は、幼少期の発達特性(自閉スペクトラム症〈ASD〉や知的障害など)が、後年におけるADHD(注意欠如・多動症)の診断およびそのタイプ(不注意型、衝動・多動型、混合型)にどのように関連するかを検証した縦断的研究です。CHARGE研究の追跡調査として、2~5歳時点で「ASD」「自閉症なしの発達遅滞(DD)」「その他の早期懸念(OEC)」「定型発達(TD)」のいずれかに分類された645人(8〜20歳)を対象に行われました。
ADHDの診断は、親への臨床インタビュー、観察、複数の評価スケールを用いて行われました。その結果、全体の33%(213人)がADHDと診断され、特にASD群ではADHDのリスクが最も高いことが明らかになりました。
- 多動・衝動型または混合型ADHDのリスク(相対リスク・RR)は、
- ASD: 5.4倍、DD: 4.4倍、OEC: 3.1倍
- 不注意型ADHDのリスクは、
- ASDとOECでそれぞれ2.6倍、DDでは有意差なし
- ADHD全体としてのリスクは、
- ASD: 3.1倍、DD: 2.4倍、OEC: 2.4倍
この結果は、ASDや他の発達遅滞を持つ子どもたちは将来的にADHDを併発する可能性が高いため、早期からADHDの兆候に注意し、継続的な評価と支援体制を整えることが重要であることを示しています。特にADHDのタイプごとのリスクも異なるため、臨床現場ではそれぞれの症状特性に応じた個別の対応が求められます。
Transformer-based structural connectivity networks for ADHD-related connectivity alterations
この研究は、Transformerベースの深層学習モデルを用いて、ADHD(注意欠如・多動症)に関連する脳の構造的接続の変化を明らかにすることを目的としたものです。従来のADHD診断は主観的な評価に依存しており、客観的な脳画像ベースの手法の必要性が高まっています。
著者らは、**7〜26歳の947名(ADHDおよび健常者)**の脳MRIデータを用いて、Transformerモデルにより脳領域間の構造的つながりを学習しました。入力データは複数の方法で正規化されたシーケンスとして処理され、脳領域間の結合強度を測定することで、ADHDに特有の接続パターンを分析しました。
その結果、このモデルは71.9%の精度、AUC 0.74という高い識別能力を示し、運動機能や実行機能に関連する領域を中心にADHD群と健常群の間で有意な構造的違いが認められました(P = 8.1×10⁻⁷)。特に、視床や尾状核などの領域の重要度に差異がみられました。
本研究は、Transformerを活用した脳の構造的接続ネットワークがADHD診断や脳研究の有効な手法となりうることを示しており、将来的な客観的診断支援ツールや病態理解の深化に寄与する可能性を示唆しています。
Frontiers | Exploring the experiences and outcomes of children and young people receiving support for special educational needs over time in England: a qualitative study
この研究は、イングランドにおいて特別支援教育(SEND)を受けている子どもや若者(CYP)自身の声に焦点を当てた質的研究であり、支援を受けるまでの経緯や支援の効果について、彼らがどのように感じているのかを明らかにしようとするものです。
13〜25歳の若者15名に対してタイムライン形式の半構造化インタビューを実施し、多くは自閉スペクトラム症を含む多様な特別支援ニーズを持っていました。分析の結果、特別支援の質や効果には以下の要素が強く関係していることが明らかになりました:
- 教育機関の対応(教員の理解や柔軟性)
- 支援内容がニーズに合っているかどうか
- 支援が提供されるタイミングの早さ
- 学校との関係性、情報共有、意思決定の透明性
アウトカムとして最も頻繁に言及されたのは学業成績とメンタルヘルスであり、支援の遅れやミスマッチが本人の人生に長期的な悪影響を与える可能性が示唆されました。一方で、本人の声を聞いて迅速に適切な支援を行うことが、非常に大きな助けになるとも語られています。
また、**本人や家族が自ら支援を求める力(アドボカシー)**が、支援の質を左右する重要な要因であると指摘され、その力を持たない子どもにも平等な支援が届くよう、教育政策と教員の研修体制の見直しが必要であると結論づけられています。
この研究は、現場の教育者や政策立案者に対し、子どもの声に基づいた支援体制の再構築を促す重要な示唆を与えています。
Frontiers | tDCS-Induced Enhancement of Cognitive Flexibility in Autism: Role of Frontal Lobe and Associated Neural Circuits
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の根底にある認知的柔軟性の欠如に注目し、**経頭蓋直流電気刺激(tDCS)**がその改善に有効かどうかを動物モデルで検証したものです。認知的柔軟性とは、状況の変化に応じて思考や行動を切り替える能力であり、ASDではこの能力がしばしば低下しています。
方法
- バルプロ酸(VPA)曝露によりASD様行動を誘発したラットを用い、tDCSを前頭前野(PFC)に施行。
- *社会性テスト(三つの部屋の相互作用テスト)とルール切り替え課題(クロスマゼ)**で行動面を評価。
- 神経活動は**局所電場電位(LFP)**の測定により、神経炎症とシナプス密度は免疫染色(Iba1、PSD95)で評価。
主な結果
- VPAラットは社会的相互作用と認知的柔軟性の低下を示し、前頭-線条体-海馬回路の機能的結合の障害も観察されました。
- 脳内ではミクログリアの活性化(Iba1+)が亢進し、シナプス密度マーカー(PSD95)が増加していました。
- tDCS介入後、VPAラットでは以下のような改善が見られました:
- 社会性と認知的柔軟性の改善
- 機能的結合の正常化
- ミクログリアの活性化の抑制(炎症の軽減)
- ※ただしPSD95の変化は見られず
結論
この研究は、前頭前野へのtDCSがASDのような認知機能の障害を改善する可能性を示しています。特に、神経炎症の抑制と神経回路の同期性の回復がその効果のメカニズムとして示唆されました。これにより、tDCSがASDに対する有望な神経調節的介入法となる可能性があることが明らかになりました。
なお、本研究はラットモデルを対象としたものであり、今後のヒトへの応用に向けてさらなる研究が必要です。
Frontiers | Research Hotspots and Trends in Pediatric Telemedicine: A CiteSpace-Based Bibliometric Analysis (1978–2025)
この研究は、1978年から2025年までの小児テレメディスン(遠隔医療)に関する文献を対象に、CiteSpaceを用いた書誌計量分析を行い、研究のホットスポットや今後の動向を明らかにすることを目的としています。
方法
データはWeb of Science Core Collectionから2025年3月4日に取得され、年ごとの発表件数や被引用数の推移、著者・研究機関・国・キーワード間の関係性を分析しました。また、キーワードの共出現やクラスタリングにより、研究テーマの構造と進化を可視化しました。
主な結果
- 114か国・120機関が小児テレメディスンに関する研究を発表しており、特にアメリカの貢献が大きいことが示されました。
- 最近の注目テーマとしては以下の領域が浮上しています:
- 小児精神医療(テレサイカイアトリー)
- 自閉スペクトラム症(ASD)への支援
- 親支援のためのトレーニング
- ケア・サービス・QOL向上のためのデジタルヘルス
- 遠隔診断や肥満管理、未熟児網膜症、重症管理、外傷性脳損傷などの臨床的応用
結論
小児分野におけるテレメディスンは急速に発展しており、精神保健や発達障害支援、慢性疾患管理などで重要な役割を果たしています。ただし、対面診療の完全な代替にはなり得ず、今後は両者を効果的に組み合わせたハイブリッド型の医療提供が求められるとしています。本研究は、今後の研究戦略や臨床応用に向けた重要な指針を提供しています。
Frontiers | Differences in postural strategies between children with and without ADHD in tasks of static and dynamic balance
この研究は、ADHDのある子どもとない子どもが静的・動的バランス課題においてどのように姿勢制御戦略(ポスチャルストラテジー)を使い分けているかを比較したものです。従来注目されてきた足首や股関節の動きだけでなく、頭部・腕・胴体を含む上半身の動きも分析対象に加えた点が特徴です。
方法
対象は平均年齢10歳の子ども41名(ADHD群17名、定型発達群24名)で、
- 静的バランス:片足立ち25秒
- 動的バランス:狭い木の梁の上でバランスをとる課題
これらの課題中の運動データは**力板(Kistler)とモーションキャプチャ(Qualisys)**を使って取得し、**逆動力学的手法(Myonardo)**により各関節のトルクを算出しました。
主な結果
- ADHD群では足首と上半身の関節トルクが有意に高く(動的で22%、静的で20%高い)、より多くの力を使ってバランスを取っていることが示されました。
- 一方で、股関節のトルクはADHD群で25~34%低く、この部位をうまく活用できていない様子が見られました。
- ADHD群の子どもたちは、バランスを保つための関節トルクの調整や姿勢戦略の組み合わせが非効率的である傾向にあります。
結論
ADHDのある子どもは、固有感覚(身体の位置や動きの感知)や神経筋制御の困難を抱えていることが多く、それが姿勢制御の精度の低さにつながっています。また、小脳の機能的な問題が姿勢や協調運動に悪影響を与えている可能性があります。
静的・動的バランスの評価は、ADHDの子どもへの適切な支援やケガ予防、日常生活の質の向上のために極めて重要であり、本研究はその基盤づくりに貢献する知見を提供しています。
Feeding and Swallowing Disorder in Adults With Intellectual Disabilities: Associated Factors
この研究は、知的障害(ID)をもつ成人における摂食および嚥下障害(FSD:Feeding and Swallowing Disorder)の関連要因を明らかにすることを目的としています。FSDはこの集団でよく見られるものの、日常的なケアの中で見過ごされがちである点に着目しています。
方法
対象は19歳から89歳の知的障害者106名で、医療記録の分析および主たる介護者へのデジタルアンケートを通じて情報を収集しました。事前に特定した臨床変数に対してロジスティック回帰分析を実施しています。
主な結果
- 全体の54%がFSDありと分類されました。
- FSDと有意に関連していた因子は以下の通りです:
- 食事中のサポートの必要度が高い(p=0.000)
- 食事中の咳(p=0.004)
- 食べ物を詰め込む傾向(p=0.027)
- 重度~最重度の知的障害(p=0.001)
- 一方で、抗精神病薬の使用はFSDとの間に負の相関が見られました(p=0.024)。
結論
知的障害のある成人では、FSDが非常に一般的であり、特に重度の障害がある人や食事中にサポートが必要な人で多く見られます。食事中の咳や詰め込み行動も重要なサインであり、これらの兆候を見逃さずに定期的な医療スクリーニングを行うことが推奨されます。また、抗精神病薬の使用がFSDのリスク低下と関連していた点については、さらなる検討が必要です。
この研究は、FSDに対する日常的な気づきと介入の重要性を再認識させるものであり、実践的な支援体制の強化が求められます。
The treatment and education of autistic and communication handicapped adults with an autism diagnosis: A systematic review
この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)の診断を受けた成人を対象とした支援法「TEACCH(Treatment and Education of Autistic and Communication Handicapped Children)アプローチ」の有効性について、**体系的レビュー(システマティックレビュー)**を行ったものです。
背景
自閉症に対する科学的・社会的理解が進む中で、個々の能力を活かし社会参加を促すさまざまな支援法が開発されています。TEACCHアプローチは、構造化された環境や視覚的支援を通じて、自閉症のある人々のニーズに応えることを目的としています。従来は子ども向けの支援法とされてきましたが、近年は成人への応用可能性も注目されています。
方法
TEACCHアプローチを成人に適用した研究を対象に文献を収集し、生活の質(QOL)や自立性の向上への影響を中心に、その有効性と限界を分析しました。
主な結果
- 一部の研究では、TEACCHによって生活の質や自立的な行動に有意な改善が見られたと報告されています。
- 一方で、効果が限定的または有意差なしとする研究も存在しており、その主な原因はサンプル数の少なさやセッション回数の不足にあるとされています。
- 全体として、支援効果は一貫していないが、適切な条件下ではポジティブな影響を及ぼす可能性があると結論づけられています。
結論と意義
このレビューは、TEACCHが成人のQOL向上や社会的包摂に貢献する可能性を示すと同時に、**現行研究の限界と課題(サンプル数、文脈の多様性など)**も浮き彫りにしています。今後は、多様な教育・生活環境を対象とした大規模な評価研究が必要であると指摘されており、特別支援教育や家族支援の実践に資する知見として活用が期待されます。
Is the Association Between Emotion Recognition and Social Functioning Mediated by Cognitive Empathy and Emotional Language? An Examination of School‐Aged Autistic Children
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある学齢期の子どもたちにおいて、感情認識能力(非言語的な手がかりから感情を読み取る力)と社会的機能(他者との関わりや適応行動)の関係が、認知的共感力や感情語彙の力を通じて媒介されているかを検証したものです。
🧠 研究の背景と目的
- ASDのある子どもは、感情の理解や表現に困難を抱えやすく、特に顔の表情や声の調子、身振りなどの非言語的な手がかりから感情を読み取ることが難しい傾向があります。
- 過去の研究では、感情認識と社会的機能との関連が示唆されている一方で、**その関係を仲介する要因(媒介変数)**として「認知的共感力」や「感情語彙力」がどのように関わっているかは、あまり検討されていませんでした。
- 本研究はこのギャップを埋めることを目的としています。
🧪 方法
- 対象は 7~10歳のASDのある子ども116名(うち女子17名)。
- 感情認識(視覚・聴覚・身体の手がかりを含む)、認知的共感(他者の心情や意図の理解)、感情語彙(感情に関する語彙力)を評価。
- 社会的機能は、自由遊び中の自然観察および保護者による標準化評価により測定。
📊 結果と考察
- 感情認識力が高いほど社会的機能も高い傾向があるが、その影響は「認知的共感」を介して間接的に表れることが判明。
- さらに、「感情語彙」が認知的共感を高める役割を果たしており、感情語彙 → 認知的共感 → 社会的機能という間接ルートが重要であることが示されました。
✅ 結論と実践的示唆
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ASDのある子どもの社会的スキルを高めるには、単に感情を読み取る力を育てるだけでは不十分であり、
「感情を言語化する力」や「他者の気持ちを理解する力」も併せて支援する必要があることが明らかになりました。
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教育・療育現場では、感情語彙の学習や物語を通じた心の理解トレーニングなどが、効果的な支援アプローチになり得ると考えられます。
この研究は、ASD支援における「感情理解の多層的支援」の重要性を裏付けるものであり、実践的な介入設計に大きな示唆を与える内容です。