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ジェンダー多様性と自閉特性の交差

· 12 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、2025年7月に発表された発達障害に関連する最新の学術研究を紹介しています。主なテーマは、自閉スペクトラム症(ASD)やADHD、発達性言語障害(DLD)に関するもので、遺伝的要因(dup15q症候群)による分子変化の解明、STEM教育の有効性、感覚過敏とASD特性の関連、ジェンダー多様性と自閉特性の交差、医療用カンナビスの効果、DLD児の物語構成力の特性、そしてADHD学生の統計学習における心理的困難など、神経発達特性と学習・生活支援に関する多面的な知見が示されています。これらの研究は、診断の有無にかかわらず、特性に基づく個別支援の重要性と今後の介入設計への示唆を与えています。

学術研究関連アップデート

Single-cell analysis of dup15q syndrome reveals developmental and postnatal molecular changes in autism

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の主な遺伝的要因の1つである**15番染色体重複症候群(dup15q症候群)**を対象に、単一細胞および単一核RNA解析を用いて、発達期および思春期以降の脳における分子変化を詳細に調べたものです。

🔍 研究の概要 • 対象:dup15q患者由来のiPS細胞から作製した**大脳オルガノイド(ミニ脳)**と、思春期〜成人期の剖検脳サンプル • 手法:単一細胞RNAシーケンス、空間トランスクリプトミクス(spatial transcriptomics)、遺伝子共発現ネットワーク解析

🧪 主な発見

  1. 胎児期オルガノイドでは: • 深層ニューロンにおいて糖代謝(解糖系)の過剰亢進、層特異的マーカーの乱れ、形態異常が見られた
  2. 思春期〜成人期の剖検脳では: • 表層ニューロンにおいてシナプス関連の遺伝子発現負荷の増大が確認され、これは**非遺伝型のASD(idiopathic autism)**とも共通していた
  3. 空間トランスクリプトミクスにより、これらの細胞種特異的な異常を組織レベルで裏付けた
  4. 共発現ネットワーク解析では: • オルガノイドと剖検脳の両方で保存された疾患関連モジュールが同定され、 • これらは代謝異常 → 軸索投射異常 → シナプス機能障害 → 神経の過興奮性という連鎖を示唆していた

🧩 結論と意義

この研究は、発達段階に応じた細胞レベルでの分子変化を明らかにし、dup15q症候群における代謝・神経回路・シナプスの異常がASDにどう関与しているかを解明しました。特に、胎児期から思春期までの時系列的な変化と、遺伝型・非遺伝型ASDに共通する特徴の両方を捉えており、個別化医療や治療標的の発見につながる可能性が高い研究といえます。

Effects of STEM learning on students with autism spectrum disorder and students with intellectual disability: a systematic review and meta-analysis

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)および知的障害(ID)のある児童・生徒に対するSTEM(科学・技術・工学・数学)教育の効果を検証するために行われたシステマティックレビューおよびメタアナリシスです。


🔍研究の目的

  1. STEM学習の

    • 介入効果

    • 維持効果(介入後の効果持続)

    • 般化効果(学習内容を他場面に応用する力)

      を定量的に評価

  2. 介入方法の効果比較

  3. *調整変数(年齢、性別、障害タイプ、実施場所、指導者の属性、期間など)**が成果に与える影響の検討


🧪分析対象

  • 2010年1月〜2023年7月にWeb of Scienceに掲載された40件の研究
  • 対象者:
    • ASD単独
    • ASD+ID併存(ASD-ID)
    • ID単独
  • 各群の結果を比較・統合

📊主な結果

  • STEM学習は全体として高い効果を持つ(介入・維持ともに強い効果)
  • 特にID単独群とASD-no ID群において、より良好な成果が見られた
  • 一方、**ASD-ID群(ASDとIDを併せ持つ生徒)**は、より重度の困難を抱えており、学習成果は他群よりやや低い傾向
  • 障害タイプが効果に影響を与える重要な因子であることが明らかに
  • 教育者は、分野別・障害別に最適な介入法を選ぶことが推奨される

🧩結論と意義

本研究は、STEM教育がASDおよびIDのある生徒の学習・理解・社会参加に大きく貢献し得ることを示しました。ただし、障害のタイプや程度に応じた個別最適化が重要です。今後は、STEM教育の持続性と般化性の強化、および介入の効果を高める要因(指導者の質、学習環境など)の探求が求められます。これにより、当事者の世界理解や社会的包摂をさらに促進できると期待されます。

Exploring the interplay of sensory hypersensitivity and autistic traits in children

🎯 目的

この研究は、ASD(自閉スペクトラム症)の診断有無を問わず一般の子どもたちに見られる**感覚過敏(sensory hypersensitivity)自閉スペクトラム特性(autistic traits)**との関連を明らかにすることを目的としています。


🧪 方法

  • 対象:7〜11歳の児童247名の保護者
  • 使用尺度
    • 自閉スペクトラム特性:AQ-C(Autism-spectrum Quotient–Children’s Version)
    • 感覚プロファイル:SSP2(Short Sensory Profile 2)
  • 解析手法
    • ピアソン相関分析
    • 重回帰分析(AQの下位尺度と感覚過敏との関係)
    • 一元配置分散分析(ANOVA)
    • スピアマン相関分析(感覚の種類別とAQスコアの関係)

📊 結果

  • AQスコアと感覚過敏の間に中程度の負の相関(r = -0.496, p < .01)
  • 自閉特性のうち、「注意の切り替え(Attention Switching)」と「コミュニケーション(Communication)」が感覚過敏の有意な予測因子
    • β = −0.291(注意の切り替え)
    • β = −0.479(コミュニケーション)
  • 感覚過敏の程度(典型群・境界群・確定的差異群)によって自閉特性に有意な差(F(2,241)=33.096, p<.01)

🔍 結論

この研究は、感覚処理と自閉特性の間に有意な関連があることを示し、ASD診断の有無にかかわらず感覚過敏の理解が重要であると強調しています。今後の介入や支援では、感覚特性を考慮することで、より適切な支援や評価につながる可能性があります。

Autism and Gender Identity: Social, Cognitive, and Behavioral Profiles in a Self-Identified Sample

🎯 目的

自閉スペクトラム症(ASD)とジェンダー・ダイバージェント(性自認の多様性)の両方を自己認識している成人において、ジェンダー・アイデンティティとASD特性(マスキング、反復行動、適応スキル、認知能力など)との関係を調査すること。


🧪 方法

  • 参加者:自己認識によってASDおよびジェンダー・ダイバージェントであると特定された成人26名(18〜45歳)
  • 手法:テレヘルスを通じた標準化された心理尺度による評価
  • 評価内容:認知能力、ASD特性、反復行動、マスキング行動(camouflaging)、適応機能、ジェンダー・アイデンティティ
  • ※医学的診断ではなく自己診断者を含む

📊 結果

  • ジェンダークィア・アイデンティティが強い人ほど、マスキング行動やASD特性(特に反復行動)が強い傾向がある
  • ASD特性スコアとジェンダー多様性スコアの間に中〜強の相関関係
  • 適応機能や認知能力については記述なし(要本文参照)

🔍 結論

  • ジェンダー・アイデンティティはASD特性の現れ方に大きな影響を与える可能性が示された
  • ジェンダー・ダイバージェントな自閉当事者の臨床的評価ではより包括的な視点が求められる
  • 今後は診断基準や評価方法の見直しに加え、多様な人々を対象にしたさらなる研究が必要

この研究は、自閉症とジェンダーの交差性に関する臨床的・実証的理解を深める一歩として重要な示唆を与えています。

Evaluating the impact of cannabis oil for autistic children with and without concomitant medications: Insights from an open-label study

🎯 目的

自閉スペクトラム症(ASD)の子どもに対して、医療用カンナビスオイルを単独投与(モノセラピー)した場合と、既存の薬に追加投与(アドオンセラピー)した場合の効果と安全性を比較する。


🧪 方法

  • 対象者:ASDの診断を受けた子ども109人(最終的に81人が6ヶ月治療を完了)
  • 介入内容:THC:CBD比率が1:20のカンナビスオイルを6ヶ月間投与
  • 群分け
    • モノセラピー群:51人(既存の薬なし)
    • アドオンセラピー群:30人(既存の薬と併用)
  • 評価方法:ADOS(自閉症診断観察スケジュール)やWechsler検査などによる行動および身体的評価

📊 結果

  • CBDの最大平均用量
    • モノセラピー群:3.1 mg/kg/日
    • アドオン群:2.8 mg/kg/日(p = 0.40:有意差なし)
  • 精神病薬を併用していた群のCBD平均用量:2.48 mg/kg/日(p = 0.12)
  • 安全性・効果:身体的・行動的パラメータの大多数において両群間に有意差なし
  • CBDの血中濃度にも有意な群間差なし

🔍 結論

医療用カンナビスオイルは、単独でも他薬との併用でも安全性・効果に大きな差は認められなかった。この結果は、カンナビスをASD治療に取り入れる際、既存薬との併用における懸念が少ないことを示唆する。


※補足:この研究はオープンラベル試験であり、プラセボ対照ではないため、効果の因果関係については慎重な解釈が必要。

Frontiers | Narrative skills of children with Developmental Language Disorder (DLD): Retelling in Macrostructure

🎯 目的

発達性言語障害(DLD)をもつ子ども定型発達(TD)の子どもの物語再話能力を、マクロ構造(ストーリーの構成的な全体像)レベルで比較・評価すること。


🧪 方法

  • 対象者:5〜11歳の単言語児100名(DLD群50名、TD群50名)
  • 条件整備:年齢・家庭の社会経済状況・言語的環境でマッチング
  • 評価方法:絵本の再話課題を用い、以下の3項目で評価
    • ストーリー構造(Story Structure)
    • 構造的複雑性(Structural Complexity)
    • 内的状態語(Internal State Terms, IST)
  • 仮説:DLD児はTD児に比べ、全ての項目で劣ると予測
  • 統計分析:各項目の得点比較およびストーリー構造内の小分類項目の群間依存関係を検証

📊 結果

  • DLD児はTD児よりストーリー構造、構造的複雑性、ISTの全てで有意に低いスコアを示した
  • しかし、ストーリー構造の16小分類のうち5項目でしか群間の有意な依存関係は認められなかった

🔍 結論

DLD児はマクロ構造レベルの語り能力において明確な困難を抱えており、特にストーリー構造の全体的な整理や内的状態語の使用が制限されている。しかし、細かなストーリー構成要素には一部例外もあり、結果の解釈には研究デザイン上の制約(例:評価エピソードの内容や課題の提示方法)を考慮する必要がある。


※補足:この研究は、語彙や文法などのミクロ構造ではなく、物語全体の構成(マクロ構造)に焦点を当てた点で意義がある。今後の介入設計において、DLD児がストーリーの枠組みを理解・再現する支援が重要であることを示唆している。

Frontiers | Unveiling ADHD's Impact on Higher Education Students: Statistics Anxiety, Attitudes, and Statistical Literacy

🎯 目的

ADHDが高等教育における統計に対する不安・態度・統計リテラシーにどう影響するかを検討。診断済ADHD、未診断の疑いがある学生、非ADHD学生の3群を比較し、ADHDの有無が統計的成果にどのように関連するかを明らかにする。


🧪 方法

  • 対象者:大学生405名(ADHD診断あり80名、未診断の疑い74名、非ADHD251名)
  • 評価内容:統計不安、統計への態度、統計リテラシー(知識・理解度)
  • 解析手法:群間比較および重回帰分析(予測変数:ADHD診断状況、統計への態度、統計不安、学位種別)

📊 結果

  • ADHD群(診断済・未診断ともに)は、非ADHD群に比べて統計不安が有意に高く、統計への態度も否定的であった
  • しかし、統計リテラシー(実際の学力)には群間に有意差なし
  • 統計リテラシーを予測する因子は、ADHD診断そのものではなく、統計への態度と学位種別であった

🔍 結論

ADHDの学生は統計の成績自体では非ADHDの学生と遜色ないが、その裏では高い不安と否定的な感情が伴っており、特に未診断の疑いがある学生は支援が届かないまま苦しんでいる可能性がある

この結果は、学業成績だけを見た支援では不十分であり、情緒面のサポート(不安や否定的態度への介入)を含む包括的な支援の必要性を強調している。


※補足:本研究は、形式的な診断の有無に関わらず、ADHD的傾向を持つ学生全体へのメンタルサポートの必要性を示唆する先駆的研究である。