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ASDのある成人への一貫支援型就労プログラム

· 16 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

この記事では、発達障害や知的障害のある人々の生活の質向上に関する最新の学術研究を紹介しています。具体的には、歯科治療における薬物・身体的支援の受け入れ(患者視点の欠如が課題)、ASDのある成人への一貫支援型就労プログラムの実施計画、感覚処理に関する研究と支援の強化を訴える提言、テクノロジーを活用した自宅型認知トレーニングの効果、そしてディスレクシアにおけるラベリングの意義とインクルーシブ教育の今後の在り方など、多角的な視点から包摂的な社会づくりに向けた実践と課題が取り上げられています。

学術研究関連アップデート

Pharmacological approaches and physical restraint in dental care for individuals with intellectual and neurodevelopmental disabilities and challenging behaviour: a scoping review of patients’ and caregivers’ experiences

この論文は、知的または神経発達の障害があり、行動面での課題を抱える人の歯科治療における「薬の使用」や「身体的な拘束」の経験について、本人や家族・介護者がどう感じているかを整理したスコーピングレビュー(文献調査)です。


🔍

研究の背景

  • こうした患者に対して、薬による鎮静や麻酔、身体の固定(抑制)などの行動支援技術が使われることがありますが、その是非には医療現場でも意見が分かれています
  • 特に、患者自身やその家族がどう感じているかという視点は、これまで十分に調べられていませんでした。

🧪

調査方法と対象

  • 医学系の主要データベースから文献を検索し、1575件のうち13件の研究を選定。
  • 主に保護者や介護者がどう受け止めているかに焦点を当てた研究が中心。
  • 調査対象はほとんどが子どもとその親で、アメリカ大陸の研究が多く、ヨーロッパやアフリカの研究はなし

📊

主な発見

  • 家族が最も好ましいと感じていたのは、非侵襲的(体に負担をかけない)な行動療法的支援
  • それがうまくいかない場合には、薬よりも身体的支援(例えば軽く体を支えるなど)の方が受け入れられやすいという傾向がありました。
    • ただしこれは、文化や経済的理由(薬の費用など)にも影響されている可能性があります。
  • 重要な論点としては、
    1. 同意の妥当性(本人や保護者が納得しているか)
    2. 各種支援技術の受け入れやすさ

大きな課題

  • 患者本人の視点(子どもや大人本人がどう感じているか)を調べた研究は一件もなかった
  • したがって、「どの方法が本人にとって安心・納得できるのか」については、今後の質的研究が急務とされています。

結論と意義

このレビューは、歯科医療における支援手法の受け入れやすさについて、家族側の視点を整理した初期的な試みです。今後は、患者本人の気持ちに寄り添った研究と実践が重要であり、医療現場もそれに対応する体制づくりが求められています。

Improving Accessibility for Work Opportunities for Adults With Autism in an End-to-End Supported Workplace Program: Protocol for a Mixed Methods Cohort Study

この研究は、**自閉スペクトラム症(ASD)のある大人が働きやすくなるように、就職から職場定着までを一貫して支援する新しいプログラムの効果を検証するための計画(プロトコル)**を紹介したものです。


🔍 背景と課題

  • 自閉症のある人は、働く意欲や能力があっても、就職や継続的な雇用が難しい現状があります。
  • 理由としては、
    • 採用面接が苦手なこと

    • 職場での誤解や偏見

    • 適切な支援がないこと

      などが挙げられます。


🧪 プログラムの内容

  • 対象:ASDのある求職者15人と、彼らを支援する職場のマネージャーや同僚30人
  • 実施機関:シドニー大学 ブレイン&マインドセンター × コンサルティング会社Ernst & Young(EY)
  • 支援の流れ:
    1. 職業スキルのトレーニング(2回)
    2. ASDに配慮した面接とオンボーディング
    3. 12週間の有給職業体験(EYにて)
    4. 精神的なサポートも個別に提供
    5. 職場の同僚・上司には事前に半日の自閉症理解・共生トレーニングを実施

📊 研究の評価ポイント

  • ASDのある参加者の日常生活能力や幸福感(ウェルビーイング)の変化
  • 上司・同僚の知識・態度・自信の変化
  • これらを**繰り返しの測定(ANOVA)**で分析予定

📅 現在の進行状況

  • データ収集:2022年2月に完了
  • データ分析:2024年11月時点で進行中
  • 論文投稿予定:2025年6月

✅ 意義

この研究は、就労を希望するASDのある人にとって、より現実的で持続可能な支援モデルを示すものです。企業や支援者にとっても、**「どう関われば良いか」「どんな準備が必要か」**を学ぶ機会となり、インクルーシブな職場づくりへの実践的なヒントが得られると期待されています。

Frontiers | Sensory processing in Autism: A Call for Research and Action

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)における感覚過敏・感覚処理の困難が、生活の質や社会参加に与える深刻な影響にもかかわらず、研究や支援の優先度が低すぎることに警鐘を鳴らし、感覚特性に関する研究と対策の強化を訴える提言文です。


🧠 なぜ今「感覚処理の研究」が必要なのか?

  • 自閉症のある多くの人が、音・光・触感・匂いなどに強い不快やストレスを感じる(感覚過敏)。
  • これが日常生活・学習・対人関係・就労などに大きな影響を及ぼしている。
  • にもかかわらず、感覚処理に関する研究や介入の質と量は不十分で、現場での支援も限定的。

🔍 論文の主なメッセージ

  • Temple Grandin(当事者・研究者)の提言を引用しながら、「感覚特性の研究は今すぐにでも進めるべき」という明確な行動の呼びかけ
  • 感覚処理の問題は単なる「症状」ではなく、社会的孤立や精神的ストレスの原因にもなるため、根本的な理解と科学的な対応が求められている

✅ 今後の研究と実践の優先課題(提言)

  1. 脳の中で何が起きているのか?(神経メカニズムの解明)
    • 例:扁桃体や体性感覚野の過剰反応(Greenら, 2015)
  2. 当事者の声を反映した研究設計
    • 質的研究を通じて、実際の困りごとや効果的な対応を把握
  3. 感覚過敏が時間と共にどう変化するのか?
    • 成長とともに症状がどう変わるか、長期的な追跡研究が必要
  4. 環境や文化の影響も考慮
    • 音や照明が強い環境ではストレスが増す → 環境調整の重要性
  5. 効果的な介入方法の開発
    • 感覚統合療法(Ayres)や環境刺激療法などの科学的検証と最適化

📣 結論と意義

  • 感覚特性はASDの中核的特徴でありながら、支援も研究も追いついていない
  • *「感覚の問題を抱えているから支援が必要」ではなく、「感覚に適した環境と対応があれば、その人が本来の力を発揮できる」**という視点が重要。
  • 今後は、当事者・臨床・研究者・政策立案者が連携して、包括的な研究と支援体制を築くべきである。

この論文は、**感覚特性を中心に据えた新しい研究・支援の方向性を示す「アクションの呼びかけ」**であり、ASDに関わるすべての領域に影響を及ぼす重要な提言となっています。

Technology‐enhanced cognitive training for individuals with autism spectrum disorder and intellectual disability

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)や軽度知的障害を持つ10代の若者に対して、自宅でできるテクノロジーを活用した「認知トレーニング(CT)」がどれほど効果があるかを検証したものです。


🔍 研究の概要

  • 対象者:ASDおよび/または軽度知的障害のある4人の10代の若者
  • 介入方法:16週間にわたって、自宅でテクノロジーを使った認知トレーニングを実施
  • トレーニング内容
    • 作業記憶(情報を一時的に覚えておく力)
    • 注意力
    • 抑制制御(衝動を抑える力)
    • 認知的柔軟性(考え方を切り替える力) など

📊 主な結果

  • トレーニングの前後で認知機能が全体的に向上
    • 特に視覚・空間的な作業記憶、注意力、抑制制御、認知的柔軟性において大きな改善が見られた

✅ 結論と意義

  • テクノロジーを活用した家庭での認知トレーニングは、ASDや知的障害のある若者にとって効果が期待できる支援方法である
  • 今後、教育や日常生活での適応力向上にもつながる可能性がある

この研究は、自宅で取り組めるデジタル認知トレーニングが、発達障害のある若者の学びや生活を支える有望な手段になり得ることを示しています。より大規模な研究が今後の課題です。

Dyslexia: Identity, labelling and its place in inclusive education

この論文は、ディスレクシア(読字障害)の診断やラベリング(ラベル付け)が、インクルーシブ教育の時代にどのような意味を持つのかを問い直しています。


🔍 背景と問題提起

  • ディスレクシアは神経学的な特性と広く認識されていますが、その診断基準の曖昧さ支援を受けられる公平性に関しては、議論が続いています。
  • また、ラベル付けが本人の自己認識や学習意欲に与える影響についても、肯定的・否定的な研究が混在しています。

📚 主な論点

  1. 「ディスレクシア」というラベルの意義
    • 資源や支援へのアクセスが得られるという利点がある一方で、
    • 「できない人」という見方を助長してしまう可能性も。
  2. インクルーシブ教育とのズレ
    • すべての子どもに質の高い教育を提供しようとするインクルーシブ教育では、「診断に基づく特別支援」よりも「最初から多様な学び方に対応できる教育設計」が求められている。
    • しかし、現実の教育制度では診断が支援の前提となっており、制度と理想の間にギャップがある。

✅ 結論と提案

  • 今後は、「ディスレクシアのある子どもに支援を提供する」という発想から、「すべての子どもが困難を感じにくい学習環境を作る」という方向への転換が必要。
  • そのためには、ラベルに依存しない普遍的な教育アプローチ(ユニバーサルデザイン教育など)の推進が重要とされています。

この論文は、「ディスレクシア」というラベルが必要かどうかを問い直しながら、誰もが学びやすい教育環境を目指すインクルーシブ教育の実現に向けた視点の転換を提案する内容です。