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ADHD特性を持つ起業家の幸福感とチーム内対立・ジェンダーの関係

· 10 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

この記事では、発達障害に関する多角的な最新研究を紹介しています。内容は、①自閉症児の歯科健康を支援するために開発されたオンラインツールキット、②ADHD特性を持つ起業家の幸福感とチーム内対立・ジェンダーの関係、③自閉女性の lived experience に基づく「自閉的フローリッシング(良い人生)」の概念化、④ADHDに対する非侵襲的脳刺激(NIBS)の比較効果を検証したネットワークメタ分析、⑤ASD児における保護者と教師の関係性に影響する要因(教師の自己効力感と学校風土)の解明です。いずれの研究も、医療・教育・福祉現場での具体的支援方法の改善や、当事者の視点を取り入れた新しい理解の枠組みの構築に寄与しており、発達障害支援の実践と研究をつなぐ重要な知見を提示しています。

学術研究関連アップデート

Online toolkit to help parents of autistic children improve dental health

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもを育てる親が歯科健康を支援できるようにする無料のオンラインツールキットを開発・提供した取り組みを報告しています。リーズ大学を中心とする研究チームは、自閉症児とその家族、幼児教育の専門家と協働し、親が求めていた「自閉症に特化した歯科ケアのアドバイス」を基盤に支援パッケージを共同設計しました。完成した toothPASTE ウェブサイトでは、動画・ダウンロード資料・保護者間の交流フォーラムを提供し、以下の3つのテーマに特化した実践的な解決策を提示しています:

  • 歯みがき習慣
  • 歯科受診
  • 飲食習慣

背景として、自閉症児の4人に1人が5歳までに虫歯を経験する一方、歯科受診率は低く、全身麻酔下での治療が必要となるリスクは一般児の2倍に上ることが報告されています。これは、感覚過敏やコミュニケーションの難しさ、反復行動など特有の課題が歯科習慣の確立を困難にするためです。

研究チームは、親が自信を持って少しずつ取り組めるよう、小さなステップを積み重ねる柔軟なアプローチを採用しました。「子どもの特性や家族の状況に応じて一歩ずつ変化を進めることが大切であり、たとえ一つの変化に数週間〜数か月かかっても良い」と強調しています。

👉 結論:本プロジェクトは、ASD児の口腔健康を守るために、親をエンパワーする自閉症特化型オンラインツールキットを開発した初の試みです。家庭ごとの多様なニーズに合わせた支援を提供し、歯科受診率向上や虫歯・外科治療リスクの低減に寄与する可能性が示されています。

ADHD and entrepreneurship: the role of perceived team conflict and gender on well-being

この研究は、ADHD特性を持つ起業家がチームベースの環境でどのように幸福感(well-being)を経験するのかを検討したものです。先行研究ではADHD傾向を持つ人が起業に惹かれる可能性が指摘されていますが、実際にそれが個人の幸福につながるかは十分に明らかにされていません。著者らは Person–Environment(P-E)Fit理論に基づき、ADHD症状 → チーム内対立の認知 → 主観的幸福感 という媒介関係を分析し、さらに性別の役割を調べました。

調査は 3か国・1,256名の起業家を対象に実施。その結果、

  • ADHD症状が強い起業家ほど、チーム内の対立をより強く認識し、

  • その結果、主観的幸福感が低下することが示されました。

    さらに、起業が「男性的特性」と結び付けられがちであり、ADHDも従来「男性的」な障害とみなされてきた背景から、ADHDを持つ女性起業家は二重の圧力にさらされ、チーム対立と幸福感低下の関連がより強まることが明らかになりました。

👉 結論:本研究は、ADHDを持つ起業家にとって起業環境が必ずしも「適合(fit)」するわけではなく、特に女性においては課題が大きいことを示しました。ADHDと起業に関する研究を、幸福感を中心的アウトカムとして捉え直し、チーム内対立を主要な媒介要因として位置づけた点が新規性です。

Frontiers | A good autistic life: An autistic-led conceptualization of autistic flourishing through autistic women's-lived experiences

この研究は、「自閉スペクトラム症(ASD)の人にとっての“良い人生=flourishing(繁栄・充実した生き方)」を、当事者自身の視点から再定義することを目的とした、自閉当事者主導の研究です。特にこれまで研究で見落とされがちだった自閉女性の経験に焦点を当てています。

研究チームは、自閉女性研究者たちによる**共同オートエスノグラフィー(自己民族誌)**を実施し、グループ討議や共同執筆を通じて「自閉的フローリッシング」の概念と指標を抽出しました。さらに、非自閉研究者がこれを定型発達者の概念と比較することで、両者の違いを明らかにしました。

結果として、2つの主要テーマと12のサブテーマが特定されました:

  1. 「神経多様な身体=bodymindで生きること」:自閉女性がどのようにフローリッシングを定義・体験するか。
  2. 「自閉的フローリッシングのための戦略」:充実した人生を達成・維持するために実践される工夫や行動。

👉 結論:本研究は、自閉女性が定義するフローリッシングは定型発達者の概念とは質的に異なることを示しました。そのため、支援や研究においては、従来の「定型基準」ではなく、自閉当事者自身の価値観や経験に基づいた“自閉的フローリッシング”の理解が不可欠です。

この成果は、自閉女性のメンタルヘルス支援、教育、社会政策の在り方に新しい視点を提供し、当事者主体の研究アプローチの重要性を強調しています。

Frontiers | Comparative efficacy of Non-Invasive Brain Stimulation for Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: A Systematic Review and Network Meta-Analysis

この研究は、ADHD(注意欠如・多動症)に対する非侵襲的脳刺激(NIBS)介入の効果を比較評価した体系的レビュー兼ネットワークメタ分析です。研究チームは3,976件の文献から**37件のRCT(計1,615名)**を抽出し、ADHDの中核症状や認知機能への影響を分析しました。

主な結果

  • 抑制制御(inhibitory control):いずれのNIBS法も偽刺激(sham)より有意な改善は示さなかった。ただし、

    • 左DLPFCへのアノードtDCS+右眼窩上へのカソードtDCS(1.5mA)

    • 頭頂部(vertex)への高精度アノードtDCS(0.25mA)

      は他の条件との比較で有意差を示し、一定の効果が示唆された。

  • ワーキングメモリ

    • 左DLPFCアノード+右DLPFCカソードのtDCS

    • 右IFCアノード+右眼窩上カソードのtDCS

      はいずれも有意に改善をもたらした。

  • 認知的柔軟性

    • 左DLPFCアノード+右眼窩上カソードtDCSが有意な改善を示した。
  • 不注意症状:経頭蓋パルス刺激(TPS)や10HzのtACSで改善傾向が見られたが、統計的有意差には至らなかった。

  • 多動性・衝動性:どのNIBS法も有意な改善を示さなかった。

👉 結論

NIBSの中でも、二重tDCS(dual-tDCS)やアノードtDCSがADHDの認知機能改善に有望であることが示されました。特に、左DLPFCを標的とした刺激法はワーキングメモリや認知的柔軟性の向上に効果を示しており、今後の臨床応用に向けた有力な候補と位置づけられます。一方で、中核症状(特に多動・衝動性)への効果は限定的であり、さらなる大規模研究が必要とされています。

The Role of Teacher Efficacy and School Climate in Parent‐Teacher Relationship Quality and Congruence for Autistic Students

この研究は、**自閉スペクトラム症(ASD)の児童・生徒における保護者と教師の関係性の質と一致度(congruence)**を明らかにすることを目的としています。特に、**教師の自己効力感(teacher efficacy)学校風土(school climate)**が親子関係にどのように影響するかを調査しました。

方法

  • 第1波調査(量的研究):ASD児を持つ親37名と教師37名が参加。教師自己効力感、学校風土、保護者―教師関係の質を測定する質問紙を実施。
  • 第2波調査(質的研究):第1波から選ばれた親7名と教師6名に個別インタビューを実施し、グラウンデッドセオリーとテーマ分析で関係性の特徴を整理。

結果

  • 教師自己効力感は、教師側の関係性評価と正の関連を示した。
  • 学校風土は、保護者側の関係性評価と正の関連を示した。
  • 質的分析では、関係性を高める要素(協働、前向きなコミュニケーション)、妨げる要素(対立的態度)、背景的要因(移行期支援の安定性、文化的に配慮した家族参画の方法)が明らかになった。

実践的示唆

  • 教師が保護者と双方向コミュニケーションを実施できるようにすること。
  • 神経多様性に関する専門的研修を導入し、知識・理解・アドボカシーを強化すること。
  • 学期や学年の移行支援を一貫して行うこと
  • 家族参画を文化的感受性のある方法で促進すること。

👉 結論:本研究は、ASD児の教育成功には保護者と教師の協働関係が不可欠であり、その質は教師の力量感や学校の風土によって左右されることを示しました。教育現場では、教師研修・組織文化・家族参画の仕組みを見直すことが、ASD児の支援に直結する重要な鍵となります。