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学習障害児におけるゲーム要素を取り入れた課題の効果(不安の軽減と自己効力感の向上)

· 8 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

このブログ記事では、発達障害や学習障害に関連する最新の学術研究を紹介しています。具体的には、①高齢期における自閉スペクトラム症(ASD)の世界的負担と2040年までの予測、②ADHDの認知機能障害に関与する脳回路の発見と新たな治療標的の可能性、③腸内細菌由来代謝物とASDの病態メカニズムを解明するネットワーク薬理学的研究、④学習障害児におけるゲーム要素を取り入れた課題の効果(不安の軽減と自己効力感の向上)といった内容です。全体として、神経科学・腸内環境・教育工夫といった多角的な視点から発達障害の理解と支援の可能性を探る研究動向をまとめています。

学術研究関連アップデート

Global burden of autism spectrum disorders among population aged 70 years and older from 1990–2021, with projections to 2040: findings from the Global Burden of Disease Study 2021

この論文は、高齢期における自閉スペクトラム症(ASD)の世界的な負担(1990〜2021年)と2040年までの予測を示した初の包括的分析です。ASDは生涯にわたる神経発達症でありながら、高齢者に対する研究や支援は極めて少ないのが現状です。本研究は Global Burden of Disease Study 2021 のデータを用い、70歳以上の人口におけるASDの有病率と障害調整生命年(DALYs)を算出しました。

その結果、ASD高齢者は1990年の約89万人から2021年には約248万人へと177%増加し、2040年には 約515万人・86万DALYs に達すると予測されました。有病率も1990年から2021年にかけて13.2%増加し、今後も緩やかな上昇が見込まれています。性差では男性の有病率が女性より高く、また高SDI(社会人口学指数)の国々で最も高率かつ増加幅も大きいことが示されました。

著者らは、この結果を受けて 高SDI国では介入・治療戦略の整備、中低SDI国では診断体制や認知度向上の強化が必要と提言しています。本研究は、「ASDは若年期の課題」という従来の見方を超え、高齢期の支援や政策立案の緊急性を示した重要なエビデンスです。

Activation of the supramammillary-dentate gyrus circuit enhances alertness and cognitive function in a rat model of ADHD

この論文は、ADHD(注意欠如・多動症)における認知機能障害の神経メカニズムを解明するため、ラットモデルを用いて 視床下部の乳頭上核(SuM)と歯状回(DG)を結ぶ神経回路の役割を調べた研究です。ADHDは注意散漫・多動・衝動性に加え、「低覚醒状態(hypoalertness)」が認知障害に関与する可能性が指摘されていましたが、その神経基盤は十分に理解されていませんでした。

研究では、ADHDモデルラットで SuM神経の低活動が覚醒低下と認知障害に関連していることを確認。さらに、SuMからDGへの投射が 長期抑圧(LTD)を介して認知機能を制御していることを明らかにしました。そして、化学遺伝学的・光遺伝学的にSuM-DG回路を活性化することで、ラットの覚醒度が改善し、認知機能が正常群と同等レベルまで回復することが示されました。

この結果は、ADHDにおける低覚醒が認知機能障害の重要因子であり、SuM-DG回路が治療標的になり得ることを示しています。従来の外的刺激を用いた介入の有効性を裏づける神経メカニズムを提示するとともに、覚醒度を高める新規治療法の開発に向けた基盤的知見を提供する研究です。

The identification of metabolites from gut microbiota in autism spectrum disorder via network pharmacology

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)における腸内細菌代謝物の役割を、ネットワーク薬理学と分子ドッキング解析を用いて明らかにしようとした研究です。ASDは遺伝要因や環境要因に加え、近年は **腸内細菌と脳をつなぐ「腸内細菌–腸–脳軸」**との関連が注目されていますが、その具体的な代謝物レベルでのメカニズムは十分に解明されていませんでした。


🔍研究方法

  • 使用データベース:gutMGene, GeneCards, OMIM
  • 腸内細菌由来代謝物とASD関連遺伝子との交差点を探索し、51のコアターゲット遺伝子を特定。
  • タンパク質相互作用(PPI)ネットワーク解析により、AKT1とIL6が主要ハブ遺伝子であると同定。
  • 機能解析で、PI3K/Akt経路IL-17シグナル経路など炎症・神経機能に関わる経路が強調された。
  • Microbiome-Metabolite-Target-Signaling(MMTS)ネットワークを構築し、代謝物とシグナル経路の関連をマッピング。

📊主な結果

  • ASDに関連する腸内代謝物として、短鎖脂肪酸(酢酸、酪酸、プロピオン酸)やインドール誘導体が重要であることが示唆された。
  • 安全性評価により、これらの代謝物は薬剤候補として毒性リスクが低いことが確認された。
  • 分子ドッキング解析では、
    • *グリセリルコール酸(glycerylcholic acid)**がAKT1に強く結合(−10.2 kcal/mol)、

    • *3-インドールプロピオン酸(3-indolepropionic acid)**がIL6に結合(−4.9 kcal/mol)

      という結果が得られ、ASDとの密接な関連が示された。


✅結論と意義

  • 腸内細菌由来の代謝物は、ASDの病態に影響を及ぼす可能性が高い。
  • 特に AKT1/IL6を介した炎症・神経シグナル調節が重要なメカニズムとして浮かび上がった。
  • 今後の研究において、短鎖脂肪酸やインドール誘導体を活用した治療的アプローチの可能性が期待される。

Enhancing Situational Mastery Experience and Willingness to Learn with Game Elements in Children with Specific Learning Disorders

この論文は、特定の学習障害(SLD:算数障害=ディスカルキュリアや読字障害=ディスレクシア)を持つ子どもに対して、数学課題にゲーム要素を取り入れることで学習意欲や自信が高まるかを検証した研究です。算数障害の子どもは、数学スキルの困難さに加えて自己効力感の低さや数学不安を抱えやすく、それが学習成果に悪影響を及ぼします。一方で、ゲーミフィケーションは学習意欲や課題への関与を高める効果が知られています。


🔍研究方法

  • 対象:ディスカルキュリア、ディスレクシア、またはその両方を持つ子ども60名
  • 課題:数直線推定課題を3種類の形式で実施
    1. デジタル+ゲーム要素あり
    2. デジタル(ゲーム要素なし)
    3. 紙と鉛筆

📊結果

  • 算数不安:ディスカルキュリア群はディスレクシア群より高い不安を報告。
  • 学習成績(パフォーマンス):課題の正答率において、ゲーム要素の有無による差はなし → 認知的負荷は増えないことが確認された。
  • 主観的効果:子どもたちはゲーム版を最も好み、「一番うまくできた」と感じた
  • 意義:成績に直接的な差はなかったものの、ゲーム要素が子どもの不安を和らげ、自己効力感や学習への前向きな姿勢を育む可能性が示された。

✅結論と意義

  • ゲーム要素の導入は、学習障害児の「数学嫌い」や「不安感」を軽減し、楽しさと自信を伴った学習体験を提供する
  • 課題成績を下げるリスクはなく、むしろ長期的にモチベーションを高める支援策となる可能性がある。
  • 今後は、このようなゲーミフィケーションが自己効力感の育成や学習持続への効果をもたらすかどうかを、縦断的に検証することが重要とされる。