ASD児家庭へのテレヘルスABAコーチングの有効性
本記事では、発達障害、とりわけ自閉スペクトラム症(ASD)やADHDに関する最新の学術研究を幅広く紹介しています。内容は、女性のADHD症状と月経周期・衝動性の関係、ASD児家庭へのテレヘルスABAコーチングの有効性、ABAを巡る理解と受容の課題、攻撃的行動を示すASD児の親が経験するスティグマ、EEGによる能力・ADHD分類手法、ASD当事者を博士課程研究に共同参画させる実践、ASD診断後の身体疾患発症リスク、テレヘルスによるASD診断の信頼性、そして感覚統合療法とABAの効果比較など、多様な視点から最新知見を整理し、臨床・教育・支援現場への示唆を提供しています。
学術研究関連アップデート
Impulsivity Moderates End-of-Cycle but not Midcycle Effects on Executive Function and ADHD Symptoms
本研究は、女性のADHD症状や実行機能(EF)が月経周期の影響をどのように受けるかを、特に衝動性(impulsivity)の高低によって比較した初の試みです。対象は18〜25歳の月経周期が規則的な女性103名で、診断・特性評価を初期(卵胞期中期)に行い、その後1か月間、ADHD症状を日次で記録。さらに卵胞期中期、排卵後期、黄体期中期、月経前期の4段階で自己報告によるEF、応答抑制、ワーキングメモリ課題を実施しました。その結果、衝動性の低い女性では周期による影響が顕著で、卵胞期中期は自己報告EF低下のリスクが高く、黄体期中期はEFや不注意症状の保護要因となることが判明。一方、排卵後期は多動症状の悪化と関連しました。衝動性の高い女性では周期による差は限定的であり、衝動性がPMDDや抑うつのようにホルモン感受性のある表現型である可能性が示唆されます。
Telehealth Caregiver Coaching for Families of Children with ASD: a Pilot RCT
本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の子ども(3〜12歳)を持つ家庭を対象に、遠隔(テレヘルス)による応用行動分析(ABA)コーチングの有効性を予備的に検証したパイロットRCT(無作為化比較試験)です。介入群と待機対照群に分け、保護者が選んだ3つの目標に対して8週間のABA戦略コーチングをオンラインで実施しました。評価には5種類の事前・事後測定を用い、そのうち主要指標であるGoal Attainment Scaleを含む4指標では統計的有意差が見られなかったものの、Vineland-3適応行動尺度では介入群に有意な改善が認められました。さらに時系列データからは多くの個別目標で改善傾向が確認され、介入の忠実度も高く、短期間でも受容性や実行可能性が高いことが示唆されました。著者らは、規模の大きい追試が必要としつつも、テレヘルスABAコーチングは家庭支援の有望な選択肢になり得ると結論づけています。
I am a Behavior Analyst and an Advocate for ABA: Are you?
本稿は、行動分析学および応用行動分析(ABA)が直面してきた批判や誤解、特にABAの受容と理解を妨げる要因について論じています。ABAは「行動は環境的要因の産物である」という立場を取りますが、これは「人の行動は自律的に決まる」という日常的な因果観と対立します。その結果、ABAでは環境要因を特定し、社会的に意味のある行動変化を生むための手続きを設計しますが、この考え方はしばしば誤解され、反発を招きます。さらに著者は、外部からの批判だけでなく、ABA内部の批判者が自らのサービス形態をABAより優位に置き、ABAを軽視する動きも課題として指摘。こうした対立構造は、科学的根拠に基づく実践の発展を阻害する可能性があると警鐘を鳴らしています。ABAの専門家にとって、本稿は対外的な啓発と、内部での理念共有の両面で重要な示唆を与える内容です。
“People Thought I Was a Dreadful Mother”: Stigma Experienced by Parents with an Autistic Child Who Exhibits Aggressive Behaviour
本研究は、**攻撃的と見なされる行動(例:かみつき、自己傷害など)を示す自閉スペクトラム症(ASD)の子どもを育てる親が経験するスティグマ(社会的烙印)**について、親自身の視点から明らかにしたものです。対象はASD診断を受けた男子児童の親8名で、半構造化インタビューを行い、解釈的現象学的分析法で解析しました。
分析からは、**「変化した期待」**という包括的テーマの下に、次の5つの下位テーマが抽出されました。
- 想定していた人生との違い – 子育てが当初の期待とは大きく異なることへの悲嘆。
- 孤立 – 周囲から理解されず、社会的に孤立していく感覚。
- 未来への不安 – 子どもの将来に対する心配と見通しの難しさ。
- スティグマ – 他者や家族、さらには自分自身からの否定的な視線や評価。
- 前向きな発見 – 共感力や忍耐力の向上、子どもとの喜びの瞬間など、困難の中で得られた心理的成長。
親たちは、子どもの行動を「問題」と捉え自己責任を感じる段階から、社会の期待や規範そのものが自分たちの家族に適合しないことを理解し、受容へと至る過程を経験していました。一方で、こうした行動は周囲からの偏見や誤解を招き、親子ともにスティグマを受け、深い社会的孤立を感じていました。
著者らは、今後は当事者(自閉児本人)視点での経験や、攻撃的と見なされる行動に伴うスティグマの実態を探る必要性を提言。その際には、当事者との共同研究(コプロダクション)による適切な方法論の構築が不可欠であるとしています。
この研究は、ASD支援において「親の心理的負担とスティグマ」という視点を加える重要な一歩となり、特に社会的理解と孤立防止策の必要性を示しています。
EEG Classification of Students with High Ability, Average Ability, Low Ability, and ADHD Through Empirical Wavelet Transform
本研究は、従来の知能検査(心理測定)に代わる、EEG(脳波)解析による学習能力およびADHD分類手法を提案・検証したものです。従来の知能検査は主観的要素や限界があり、また一般的なEEG解析手法(FFTやDWT)は固定的な基底関数に依存するため、脳の複雑かつ多様な動的過程を十分に捉えられません。
そこで著者らは、より柔軟に信号を分解できる経験的ウェーブレット変換(EWT: Empirical Wavelet Transform)を活用。EWTは信号に応じて適応的に分解を行い、脳の非線形な特徴を抽出できます。まずEWTで脳波を分解・再構成し、得られた各リズムから非線形特徴量を抽出。その後、特徴選択に**LASSO(Least Absolute Shrinkage and Selection Operator)を用い、分類器としてSVM(サポートベクターマシン)とKNN(k近傍法)**を適用しました。
結果、提案手法は高能力・平均能力・低能力・ADHDの4群分類において、交差検証(LOSOCV)で78.91%の精度を達成。さらに、未使用の外部EEGデータベースを用いた検証では、ADHDサブタイプと健常対照の識別で94.87%の高精度を記録しました。これは、EWTによる非線形特徴抽出が脳機能状態の識別に非常に有効である可能性を示唆しています。
著者らは、この方法が能力評価やADHD診断の新しい客観的指標となる可能性を指摘しつつも、さらなる開発と大規模検証が必要であるとしています。特に、教育現場や臨床でのリアルタイム応用、異年齢・多文化間での汎用性検証が今後の課題です。
Autism research, autistic co-researchers, and PhD projects: a collaborative autoethnography
本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)当事者を共同研究者として高等学位研究(PhDなど)に参画させる実践と課題を、チーム自身の体験をもとにまとめた協働オートエスノグラフィーです。著者らは、神経定型の博士課程学生1名と指導教員2名、そして自閉症当事者の研究パートナー1名によるチームで、博士課程プロジェクトの全期間を通して協働を行いました。
研究では、既存の自閉症成人を共同研究者として含めるための推奨ガイドラインを枠組みに、体験や気づきを整理。主要な示唆として以下が挙げられます。
- 初期段階から参加型研究の要素を優先的に組み込むことが重要。
- 信頼関係の構築が円滑な協働の基盤となる。
- 情報共有には整理されたコミュニケーション方法(例:明確な記録、共通ツールの使用)が有効。
- 本物の参加と博士課程研究の遂行要件とのバランスを慎重に取る必要がある。
- 資金源や制度の柔軟性を確保・提案することが求められる。
本論文は、ASD分野にとどまらず、周縁化された人々を含むHDR(高等学位研究)全般に応用可能な指針を提供しています。特に、参加型研究を志向する大学院生や指導教員に向け、初期設計からの当事者参画、関係性づくり、制度的支援の重要性を具体的に示す内容となっています。
Incidence of Physical Health Conditions in Autistic Children Within 5 Years After Their Autism Diagnosis
本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)と診断された幼児が、その後5年間に罹患する身体的健康問題の発生率を、台湾の全国健康保険データベースを用いて一般小児と比較した大規模人口ベース研究です。
対象は2000〜2019年に5歳以下で新たにASDと診断された45,680人の子ども(自閉症群)と、年齢・出生時性別をマッチングした一般集団の子ども913,600人(比較群)。自閉症診断から5年間の追跡期間における身体疾患の発症率比(IRR)を算出し、性別や知的障害(ID)の有無で層別分析しました。
主な結果
- 自閉症群は診断後1年以内に心血管疾患、脳血管疾患、内分泌疾患など、ほぼ全ての主要臓器系の疾患発症率が比較群より有意に高かった(IRR 2.30〜71.42)。
- 特に診断直後に近い1年以内ではリスクが突出して高く、その後5年間で発症率は低下するものの、5年後でも多くの疾患でIRRが2を超える水準が維持されていた。
- この傾向は男女両方、知的障害の有無にかかわらず認められたが、ID併存群ではIRRがより高い傾向を示した。
臨床的示唆
- ASD児は診断直後から複数の身体疾患リスクが高く、特に心血管・脳血管・内分泌系疾患への注意が必要。
- リスクは時間とともに減少するものの、完全には一般水準まで下がらず、長期的な健康管理が求められる。
- 医療・教育・家族支援の現場では、ASD診断後の早期から身体面の健康チェックを組み込み、継続的かつ包括的なケアを行う体制が重要。
この研究は、ASD児のケアが発達支援だけでなく、全身的な健康管理を含む包括的な支援モデルへと進化すべきことを裏付けています。
Screen to Screen Versus Face to Face: Evaluating Telehealth Autism Diagnostic Assessments for Young Children in a Diverse Clinical Setting
本研究は、言語発達が限られた幼児に対する自閉スペクトラム症(ASD)の診断評価を、遠隔(テレヘルス)と対面の両方で実施し、診断の一致度を検証したものです。
対象は23.9〜51.7か月(平均36.5か月)の最小限発話の幼児21名で、まず親とともにテレヘルス評価ツール**TELE-ASD-PEDS(TAP)を用いた遠隔評価を受け、その後、対面の多職種チームによる評価を実施しました。両評価は互いの結果にアクセスできない状態(ブラインド)**で行われました。
主な結果
- 評価スコアの相関:遠隔評価と対面評価のスコアは強い相関を示し(r=0.75, p<0.001)、高い一致度が確認された。
- 診断一致率:21名中19名(約90%)で「ASDあり/なし」の診断が一致。
- 一致しなかった2名は、いずれも診断境界付近のケースで、症状の軽重や言語的制限が診断判断に影響していた可能性がある。
臨床的示唆
- 高度なASD症状を持つ言語発達の限られた幼児において、遠隔評価は対面評価と高い一致度を持つことが示された。
- 文化的・言語的・社会的に多様な臨床環境でも、テレヘルス診断は十分な信頼性を持ちうることが確認された。
- ただし、境界例や複雑なケースでは対面評価の補完が依然として重要。
この結果は、特に医療資源や移動手段に制約がある家庭にとって、遠隔診断の有効性を裏付けるものであり、今後は診断精度向上や対象範囲拡大に向けた活用が期待されます。
A Comparative Trial of Occupational Therapy Using Ayres Sensory Integration and Applied Behavior Analysis Interventions for Autistic Children
本研究は、感覚統合の違いを持つ自閉スペクトラム症(ASD)児を対象に、
① Ayres感覚統合法を用いた作業療法(OT-ASI)、
② 応用行動分析(ABA)、
③ 無治療(対照群)
の効果を比較したランダム化比較試験です。
背景
- OT-ASIは、感覚統合の問題が日常生活や活動参加に与える影響に焦点を当て、遊びや運動を通じて感覚処理能力を改善することを目的としたエビデンスに基づく作業療法。
- ABAは、行動原理を応用して社会的・学習的スキルを向上させる自閉症支援の推奨実践。
方法
- 参加者はランダムに3群に割り付け。
- OT-ASI群・ABA群ともに1時間×30回のセッションを実施。
- 主要評価指標:Goal Attainment Scaling(個別目標達成度)
- 副次評価指標:Pediatric Evaluation of Disabilities Inventory(日常生活スキル評価)
結果
- 個別目標達成度では、OT-ASI群・ABA群ともに無治療群より有意な改善を示した。
- 日常生活スキルも両治療群で改善が見られたが、無治療群との差は統計的に有意ではなかった。
- 効果の大きさはOT-ASIとABAで同程度。
臨床的意義
- 感覚統合アプローチと行動分析アプローチは、異なる理論背景を持ちながらも個別目標の改善において同等の効果を示す。
- 感覚統合の違いを伴うASD児に対して、OT-ASIはABAと同様に有効な介入の選択肢となり得る。
この結果は、保護者や支援者が介入方法を選択する際に、子どもの特性や家庭環境に合わせた柔軟な方法選択の重要性を示唆しています。