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スイスにおけるASD児の保護者が感じている課題

· 14 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事は、2025年7月時点で発表された発達障害に関連する最新の学術研究を多角的に紹介・解説したものです。ADHDのある子どもにおいては、処理速度とワーキングメモリが学業成績に与える影響の媒介要因となっており、従来の支援に加えて処理速度への着目が必要であることが示されました。また、スイスにおけるASDの子どもの保護者は、制度的支援の不足を感じており、専門支援者の確保やケースマネジメントの導入の必要性が浮き彫りになっています。神経画像研究では、ASDと脆弱X症候群における脳ネットワークの共通点と相違点が明らかになり、より精密な診断や介入方法に活用できる知見が得られました。さらに、α7ニコチン性アセチルコリン受容体を標的とした薬理療法やハーブ療法の可能性が示されており、新たな治療アプローチとして期待されています。教育現場におけるエイブルイズムの回顧的体験の研究や、ダウン症の子どもにおけるASD診断の行動指標の特定なども取り上げられており、実践と制度の両面から包括的な支援と改革の必要性が強調されています。

学術研究関連アップデート

Academic Achievement in Children with ADHD: the Role of Processing Speed and Working Memory

この研究「Academic Achievement in Children with ADHD: the Role of Processing Speed and Working Memory(ADHD児の学業成績における処理速度とワーキングメモリの役割)」は、ADHDを持つ子どもたちの学業不振の背景にある認知的要因――特に処理速度(Processing Speed, PS)とワーキングメモリ(Working Memory, WM)――に注目したものです。


✅ 要約

ADHD児504人(6〜12歳)を対象に、数学・読み・つづりの3教科における学業成績とADHD症状の重症度との関係を調査しました。評価方法は、標準化テスト・保護者評価・教師評価の3つです。

主な発見は以下の通りです:

  • 注意欠如症状の重症度が学業成績に与える影響は、処理速度とワーキングメモリによって順に媒介(mediation)されていた。
    • 特に数学とつづりの成績では、処理速度だけでも媒介効果が認められた
  • また、注意欠如症状の重さがワーキングメモリのパフォーマンスに及ぼす影響も、処理速度が媒介していた
  • 一方で、多動・衝動性の重症度は数学成績に直接的な影響を与えていたが、間接的な影響(PSやWMを通じたもの)は確認されなかった

🎯 結論と意義

本研究は、ADHD児の学習困難の背後にある「処理速度の遅さ」が、ワーキングメモリの弱さや学業成績の低下に影響している可能性を初めて明確に示しました。従来の介入はワーキングメモリの改善に焦点を当てがちですが、処理速度の支援がより基盤的かつ効果的な介入戦略となり得ることが示唆されます。

この知見は、ADHDの理論的理解だけでなく、個別支援計画や教育的介入の再設計にも重要な示唆を与えるものです。

Parents’ Perspectives Regarding Support for Raising a Child on the Autism Spectrum in Switzerland: A Mixed-Methods Study

この研究「**Parents’ Perspectives Regarding Support for Raising a Child on the Autism Spectrum in Switzerland(スイスにおける自閉スペクトラム症児の育児支援に関する親の視点)」**は、ASD(自閉スペクトラム症)児を育てる親の視点から、必要な支援・家族生活への影響・心理的資源の3つの側面を明らかにすることを目的とした、**質的・量的手法を組み合わせた混合研究(mixed-methods study)**です。


✅ 要約

スイス国内のASD児の保護者88名を対象に、質的インタビューと質問紙調査を同時に実施。7つの主なテーマが抽出されました:

  1. ASD児への専門的支援の不足
  2. 社会的サポートの限界
  3. 保護者自身への支援や相談のニーズ
  4. 診断が家族にもたらす影響
  5. きょうだい関係への影響
  6. 学校での困難
  7. 社会的偏見や態度の問題

親たちは特に、ASDに特化した専門支援者の不足、レクリエーション活動の選択肢の乏しさ、親向けのトレーニングやカウンセリングの必要性、支援制度を調整・仲介する「ケースマネジメント」の導入を強く求めていました。

一方、量的調査では、レジリエンス(精神的回復力)の高い親は、育児自己効力感が高く、ストレスや抑うつ傾向が低いという結果が得られました。ただし、心理的に安定していても、実際の支援制度へのアクセスや制度的な不十分さには依然として大きな不満や困難があることも浮き彫りになっています。


🎯 結論と意義

この研究は、スイスにおいてもASD児家庭への支援体制は十分とはいえず、早期診断・根拠に基づいた支援・親支援プログラム・ケアの統合管理(ケースマネジメント)といった家族中心の支援が急務であることを示しています。また、保護者の心理的資源を高めることは重要だが、それだけでは支援の不十分さを補いきれないことから、制度的改革と現場支援の両面からの対応が不可欠であると提言しています。

Distinct and shared intrinsic resting-state functional networks in children with idiopathic autism spectrum disorder and fragile X syndrome

この研究「自閉スペクトラム症(ASD)と脆弱X症候群(FXS)における安静時機能ネットワークの共通点と相違点」は、行動特性が重なるASDとFXSの神経機能的な違いと共通点を、安静時fMRIによる脳機能ネットワークの解析を通じて明らかにしようとしたものです。


✅ 要約

ASD群・FXS群・定型発達(TD)群の子ども計150人を対象に、安静時fMRIによる脳内ネットワークの機能的結合(functional connectivity, FC)を比較した結果、以下のような共通点と相違点が明らかになりました:

🔹 共通点(ASDとFXSに共通する異常)

  • *小脳ネットワーク(CN)**の内的結合の低下
  • 小脳と他の脳領域(デフォルトモードネットワーク [DMN]・感覚運動ネットワーク [SMN]・視覚ネットワーク [VN])との間の結合の低下
  • これらは、社会的認知や運動協調、感覚処理の困難に関与する可能性がある

🔹 相違点

  • FXSではDMN内部の結合が特に低下しており、自他の区別や内省的思考の困難さに関連すると考えられる
  • ASDでは、感覚・視覚・運動の統合に関わる領域でのネットワーク分離性(segregation)が著しく低下
  • FXS群では、小脳crus I領域のトポロジー指標がDNAメチル化レベルと負の相関を示し、遺伝子発現と機能結合の関係が示唆された

🎯 結論と意義

ASDとFXSは行動面では似ていても、神経機能ネットワークの構造と結合には異なるパターンが存在することが明らかになりました。特に小脳と大脳皮質の連携の異常が両者に共通して観察されており、これは社会性や感覚処理の課題に関係すると考えられます。一方で、DMNの結合低下が顕著なFXSと、統合機能の分離低下が目立つASDという違いは、診断や介入の際に重要な示唆を与えます。

このように、行動特性の背後にある神経ネットワークの違いを明らかにすることで、より精密な診断と支援アプローチの構築に貢献する可能性があります。

Autism and α7-nicotinic acetylcholine receptors: new pharmacological and herbal interventions - Future Journal of Pharmaceutical Sciences

このレビュー論文「Autism and α7-nicotinic acetylcholine receptors: new pharmacological and herbal interventions(自閉スペクトラム症とα7ニコチン性アセチルコリン受容体:新たな薬理学的およびハーブ治療の可能性)」は、**自閉スペクトラム症(ASD)の新たな治療標的として注目されるα7ニコチン性アセチルコリン受容体(α7nAChR)**に着目し、薬理学的および植物由来の介入の可能性を概観しています。


✅ 要約

🔹 背景

  • *ASD(自閉スペクトラム症)**は世界で約7500万人に影響を与える神経発達障害で、社会的相互作用の困難・反復行動・認知の偏りが主な特徴。
  • 神経伝達物質アセチルコリン(ACh)は、**ムスカリン受容体とニコチン性受容体(nAChR)**を介して、神経機能や免疫応答に重要な役割を果たす。
  • α7nAChRは、特に神経保護的機能を持ち、酸化ストレス、炎症、アポトーシスの調整を通じて脳機能に間接的な影響を及ぼす可能性が示唆されている。

🔹 本論のポイント

  • α7nAChRを活性化することで、神経炎症の抑制や酸化的損傷の軽減などが期待され、ASDにおける新たな治療的アプローチとなる可能性。
  • いくつかの**薬物(例:ガレアニカル、DMXB-Aなど)や植物由来成分(例:クルクミン、レスベラトロールなど)**が、α7nAChRを介した神経調節作用を示している。
  • しかしながら、α7nAChRのターゲティングには薬剤選択性、作用の持続性、血液脳関門透過性など、臨床応用に向けた課題も多い。

🔹 結論と展望

  • ASD症例数は世界的に増加しており、多角的な治療法の開発が急務
  • α7nAChRは新しい治療ターゲットとして有望であり、今後は標的治療の臨床試験や分子メカニズムのさらなる解明が期待される。
  • 特に、薬理学的介入と自然由来の補完療法(ハーブ療法)の融合的アプローチが今後の研究課題とされている。

🧠 補足

このα7nAChRは、ASD以外でもアルツハイマー病や統合失調症などの神経疾患との関連性が指摘されており、神経炎症やシナプス可塑性に関する治療標的として現在注目が集まっています。今後、ASD支援においても既存の行動療法や薬物療法を補完する役割を担う可能性があります。

Revisiting school days: retrospective experiences of ableism among autistic women and gender dissident individuals with late diagnosis

この論文「Revisiting school days: retrospective experiences of ableism among autistic women and gender dissident individuals with late diagnosis(スクールデイズの再訪:自閉スペクトラム症の女性とジェンダー逸脱者による遅発診断後のエイブルイズム体験)」は、スペインにおける自閉スペクトラム症(ASD)当事者の中でも、女性やジェンダー・ディシデント(性別に違和感を持つ人々)として成人後に診断を受けた人たちが、学校生活でどのような差別(エイブルイズム)や周囲の無理解を経験してきたかを、質的調査によって明らかにした研究です。


✅ 要約

本研究では、スペインの自閉スペクトラム症の女性およびジェンダー・ディシデントの5名を対象に、半構造化インタビューを通じて彼女たちの学校での回想的体験を聞き取り、**Reflexive Thematic Analysis(反省的主題分析)**により3つの主要なテーマを導き出しました:

  1. ラベルの内面化:態度から実践へ

    教師や同級生による差別的な言動や扱いを受けた体験、それに対する感情的反応。

  2. 校庭は社会の鏡

    学校という場が、社会全体における排除やジェンダー規範、差別をそのまま反映している様子。

  3. ニーズの不可視性、アイデンティティの不可視性

    自分の特性や支援の必要性が教育者に認識されず、自分の存在やアイデンティティが「見えないもの」とされていた感覚。

これらの体験を通じて、参加者は**孤立感やスティグマ(社会的烙印)**を感じ、教育現場の構造的排除に直面してきたことが明らかになりました。


🧠 補足:キーワードの説明

  • エイブルイズム(Ableism):障害のない人を「標準」と見なし、障害のある人をそれ以下とする差別的な価値観や行動。
  • ジェンダー・ディシデント(gender dissident):性自認や表現が社会的な性規範に沿わない人々を指す。
  • 遅発診断(late diagnosis):子どもの頃ではなく、思春期〜成人後になってから自閉スペクトラム症の診断を受けること。

💡 意義

本研究は、発達障害の理解におけるジェンダー視点の重要性を強調し、**「目立たないが深刻な排除」**が教育現場で起きていることを可視化しています。多様なニーズがある子どもたちが「見えないまま」通過してしまうことの影響は大きく、より包括的で多様性を尊重する教育環境の整備が急務であると示唆しています。

Neurobehavioural Patterns in the Diagnosis of Autism Spectrum Disorder in Down Syndrome

この研究「**Neurobehavioural Patterns in the Diagnosis of Autism Spectrum Disorder in Down Syndrome(ダウン症における自閉スペクトラム症の診断に関連する神経行動的パターン)」**は、ダウン症(DS)と自閉スペクトラム症(ASD)の併存に関する診断上の課題に取り組んだものです。特に、DSのある子どもに対するASDの評価に標準化されたツールが存在しないという現状に対し、**新しい質問紙(ND-PROM)**を用いて3群(DSのみ、ASDのみ、DS+ASD)を比較しました。


✅ 要約

本研究は、ダウン症(DS)と自閉スペクトラム症(ASD)を併せ持つ子どもたちの神経行動的特徴を明らかにするために、**ND-PROMという新しい質問紙を用いて3つのグループ(DSのみ、ASDのみ、DS+ASD)**の発達的スキルと行動を比較分析しました。ANOVAと事後のt検定の結果、ASD特有の領域(非言語的コミュニケーション、社会的理解、対人相互作用、独立した遊び、反復的行動・興味、感覚処理)においてDS群とDS+ASD群で明確な差が見られました。一方、**ASD特有ではない領域(言語理解・表出、トイレ・適応行動、問題行動、メンタルヘルス、衝動性・ADHD特性)**では、ASD群とDS+ASD群の間に差が見られました。これにより、DS+ASDの子どもを他の群と区別するために有用な具体的項目群が特定されました。


💡 意義と補足

  • DS児におけるASD診断の難しさは、行動的特徴の重複にありますが、本研究はASD特有の症状が診断の手がかりとして有効であることを示唆しています。
  • ND-PROMのようなツールは、将来的に臨床現場での早期発見や適切な支援提供に貢献する可能性があります。
  • ASD特有の指標(例:社会的なやりとりや感覚応答)がDS+ASDの子どもをより明確に識別できることは、現場の支援計画にも有用です。

この研究は、DSとASDの併存状態にある子どもの診断を精緻化する第一歩として重要であり、診断ツール開発や教育・福祉的介入の質を向上させる示唆に富んだ内容です。