知的障害当事者の研究参画、スペインの大学における実践
本記事では、発達障害および知的障害に関連する最新の学術研究から2つの重要な事例を紹介しています。1つ目は、自閉スペクトラム症(ASD)の若者とその保護者が経験する摂食障害治療において、誤診や定型的な回復基準の押しつけにより「誤解されている」と感じる実態と、それにより生じる心理的・実践的課題、そしてASDに特化した丁寧で安全な支援体制の必要性を明らかにした質的研究です。2つ目は、スペインの大学で実施されたインクルーシブ研究の実践例で、知的障害当事者が助言グループとして研究に参画することで、より実効性のある提案と当事者主体の知見が導かれたこと、同時に制度的支援の整備が今後の課題であることが示されています。いずれの研究も、支援の現場における当事者理解と共創の重要性を強調しています。
学術研究関連アップデート
Understanding the child and adolescent eating disorder treatment experiences of autistic people and parents - Journal of Eating Disorders
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の若者およびその保護者が経験する摂食障害治療の実態を明らかにすることを目的とした質的研究です。自閉症の当事者9名とその親9名を対象に、半構造化インタビューを実施し、構成主義的グラウンデッド・セオリーを用いて分析が行われました。
主な結果として、2つの大きなテーマが抽出されました:
- 「誤解されている(Misunderstood)」
- ASDの子どもが摂食障害治療の中で 理解や配慮を欠いた対応を受ける実態が明らかになりました。
- 例として、誤診や症状の誤認、定型発達を前提とした「正常な食行動」や「回復」の基準の押しつけ、アスペルガー症候群や他の診断への対応力不足、「家族全体が神経多様性を持つ」状況への理解の欠如などが含まれます。
- これにより、ケースマネジメントの負担増、精神的苦痛、医療不信、アイデンティティの揺らぎ、回復の遅れといった負の影響が報告されました。
- 「安全で支援的な摂食障害治療(Safe and supportive treatment)」
- ASDの若者とその家族が求めるのは、「理解されること」と「安全で信頼できる関係」です。
- そのためには、つながりを大切にする丁寧なケア、ニュアンスを汲み取る姿勢、ASDに特化した適応と支援の実装が必要とされます。
この研究は、ASDの若者が摂食障害の治療において「誤解される」体験が、治療全体に繰り返し現れる構造的課題であることを明らかにし、神経多様性への理解と適応を組み込んだ治療モデルの構築が喫緊の課題であることを提言しています。
Possibilities of Inclusive Research in an Advisory Group Composed of People With Intellectual Disabilities: Analysis of a Case in a Spanish University
目的
スペインでは、知的障害を持つ人々が研究の助言者や共同研究者として参加する事例が非常に限られており、この研究では教育分野のインクルーシブ研究において、学生や若者の経験を分析する際に、当事者がデータ分析段階で助言グループとして参画する可能性を検討しました。
方法
- スペインの大学を拠点に、30人の知的障害を持つ若者の教育経験(排除と包摂)に関するデータを分析。
- 助言グループとして、経験豊富な5人の知的障害当事者が参加。
- 3つのステップ(🔹データ分析・提案立案、🔹教育カウンセラーとの対話、🔹提案の評価と優先順位化)で構成され、全9回のセッションを通じて視覚教材(色分けカード、図など)を活用して議論が進められました。
主な成果
- 当事者の視点の深い反映:助言者が自らの学習経験をもとにデータの文脈や意味を明確にし、研究結果の解釈や提案内容を深化させました。
- 水平的関係の構築:大学教員と当事者、そして学校カウンセラー間の対等な対話が行われ、「Everyone is Everyone(誰もがみんな)」という共生の言葉に象徴される相互理解が醸成されました。
- 提案の実用性と展望:特に「支援教員の複数配置」や「中等教育修了証の取得機会の拡充」など、実際に学校現場や制度に反映可能な具体的提案が生まれました。
意義と課題
- インクルーシブ研究の実践が、単なる参加ではなく「当事者の声が研究や制度に影響を与える」プロセスとして機能した点で、非常に重要な成果です。
- しかし、当事者の役割はあくまで助言段階にとどまり、初期設計や調査段階からの包括的関与(コーデザイン)はまだ達成されておらず、資金やスケジュールなど制度的支援の必要性が指摘されています。
結論
この研究は、知的障害者自身が研究成果に直接影響を与える助言グループとしての役割を担うことで、研究の質と現場適合性が高まることを実証しました。一方で、「共同設計から分析まで当事者とともに行う包括的インクルーシブ研究」を推進するには、資金制度や研究体制の見直しなど構造的支援が不可欠であることを示唆しています。