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「心の理論」の行動分析的再解釈

· 16 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

このブログ記事では、2025年6月に公開された発達障害や家族支援に関する最新の学術研究を取り上げています。自閉スペクトラム症(ASD)やADHDを対象とした介入プログラム(例:Developmental Reciprocity Treatment, ATTAIN NAV)、親のストレスと子どもの行動の関連、側弯症などの身体的合併症、低技術支援機器の効果、ポリジェニックスコアによる診断の精度向上、親による診断の開示判断、さらには「心の理論」の行動分析的再解釈など、多角的な視点から支援や理解を深める研究が紹介されています。どの研究も、個人支援から政策実装、教育現場まで幅広い応用が期待される内容です。

学術研究関連アップデート

Randomized Controlled Trial of Developmental Reciprocity Treatment in Young Children with Autism

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)とことばの遅れを持つ2〜5歳の子ども37人を対象に、「発達的相互性治療(Developmental Reciprocity Treatment, DRT)」という親向けトレーニングと子どもへの直接支援を組み合わせた新しい介入プログラムの効果を検証した**ランダム化比較試験(RCT)**です。24週間にわたって実施され、83%の保護者がプログラムを正しく実施できたと判定されました。

結果として、DRTを受けた子どもたちは**社会的な反応性(例:人とのやりとりのしやすさ)**の指標で有意な改善が見られ、臨床的な印象評価でも改善が確認されました。一方で、社会的コミュニケーションの観察評価や日常生活スキル、語彙発達の評価では有意差は見られませんでした。

このことから、DRTは社会性の一部を改善する有望な方法である一方、言語や適応行動の向上にはさらなる工夫が必要であることが示されました。今後は、行動療法と発達支援の統合的アプローチによって、より幅広いスキルの支援が期待されています。

Parental Alienation Behaviors and Adolescent Mental Health: A Two-Year Longitudinal Investigation of Parent-Child Attachment and Emotion Regulation

この研究は、中国の高校生837人を対象に2年間追跡した縦断調査で、「親による片親疎外行動(Parental Alienation Behaviors)」が思春期の子どものメンタルヘルスにどのような影響を及ぼすかを調べたものです。

親がもう一方の親を否定するように子どもに働きかける「片親疎外行動」は、子どもの幸福感の低下不安・うつ・孤独感の増加につながることがわかりました。その影響は、まず親子の愛着関係を弱め、次に感情の調整力(感情をうまく処理する力)を損なうという連鎖的なメカニズムを通じて進行することが明らかになりました。

特に「感情を抑え込む(表出抑制)」や「捉え方を前向きに変える(認知的再評価)」といった感情調整のスタイルが、親の行動の影響を大きく左右することが示されています。

この結果から、親子関係の修復感情のコントロール力を育む支援が、思春期のメンタルヘルスを守る鍵であることが示唆されており、家族支援や心理教育の実践において重要な視点を提供しています。

Adolescent scoliosis in autism spectrum disorder: is it idiopathic or syndromic?? - Journal of Orthopaedic Surgery and Research

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)を持つ10~18歳の思春期の子どもたちの側弯症(背骨のゆがみ)が、一般的な「特発性側弯症(原因不明の側弯症)」と同じ特徴を持つのか、それとも異なる“症候性(syndromic)”な側弯症なのかを明らかにしようとしたものです。


🔍 研究の背景と目的

ASDのある子どもに側弯症が見られることはありますが、そのゆがみ方や治療の難しさが、一般の子どもと同じなのかは明らかではありません。本研究では、ASDの子どもたちと神経的に定型発達している子ども(いわゆる一般的な思春期特発性側弯症=AIS)の背骨のカーブの種類や角度、治療状況などを比較しました。


👥 方法と対象

  • ASDと側弯症の診断を持つ37名の子ども(ASD-S群)を対象に、同年代のAISの子どもと1:2のマッチング比較を実施。
  • 他の症候群(例:マルファン症候群など)を除外し、ASDと側弯症の関連性に絞って分析。

📊 主な発見

  • *ASDの子の約半数(48.6%)が、通常と異なる背骨の湾曲(矢状面の異常)**を持っていた。
  • ASD-S群は、AIS群に比べて…
    • 胸椎後弯(背中の丸み)が強い(31.6度 vs. 24.4度)
    • 腰椎前弯も強い(50.9度 vs. 46.1度)
    • 体幹のずれ(trunk shift)も多い(46% vs. 19%)
  • 手術が必要とされたASDの子どものうち、3人(8%)が行動面の課題により手術を受けられなかった(AISでは0人)。

📌 結論と意義

この研究は、ASDの子どもの側弯症が単なる偶然的な側弯ではなく、症候群的な側弯(syndromic scoliosis)である可能性があることを示しています。また、行動や社会的な特性が治療のハードルになることもあるため、医療と支援の連携が不可欠であることも強調されています。


💡補足ポイント

  • 「特発性側弯症(AIS)」は原因がはっきりしないが、ASDにおける側弯は、脳や身体全体の発達特性と関係している可能性がある。
  • 学校や福祉の支援者も、このような身体的な合併症とその背景を理解し、医療への橋渡しをすることが重要です。

Impact of Low-Tech Assistive Technology on Behavioral Outcomes in Children with Neurodevelopmental Disorders

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)や全般的発達遅延(GDD)、プラダー・ウィリー症候群(PWS)などの神経発達症(NDD)を持つ子どもたちを対象に、「Click4all」という低テクノロジーの補助機器が行動や学習にどのような影響を与えるかを検証したものです。Click4allは、スイッチなどを使って簡単に操作できるツールで、子どもが自分で活動に関与できるように設計されています。


🔍 実験の概要

  • セッション形式

    1. 従来の支援者主導型セッション

    2. Click4allを使った自立的なセッション

      の2つを比較

  • 観察された指標

    • 問題行動の頻度
    • 反応までの時間(反応の遅延)
    • 集中力の持続時間
    • 刺激の識別や分類の正確さ
    • モチベーションの行動指標

📊 主な結果

  • Click4allを使ったセッションでは、
    • 集中力がより長く続き
    • 問題行動が減少し、
    • モチベーションも向上
  • 子どもたちがより積極的に学習に関与しやすくなったことが示されました。

✅ まとめ

Click4allのような低コストかつ直感的な補助機器でも、子どもたちの学習や行動に大きなポジティブな影響を与える可能性があることが示されました。これは、支援が必要な子どもたちへのより包括的で効果的な教育・療育を実現するための有望なアプローチといえます。

Multi-Method, Partner-Engaged Process to Document Adaptations for ATTAIN NAV: Family Navigation for Autism and Mental Health

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある学齢期の子どもたちが、**併存するメンタルヘルスの問題に適切な支援を受けられるようにするための支援モデル「ATTAIN NAV」**を開発・実装する過程を、共同設計(パートナーとの共創)と多角的手法で記録・評価したものです。


🔍 研究の背景と目的

ASDのある子どもは、不安やうつ、行動の困難さなどのメンタルヘルスの課題を併せ持つことが多いにもかかわらず、支援にたどり着くまでに多くの壁(制度的・認知的・文化的障壁など)があります。これを解消するために、「家族ナビゲーター(専門職ではない支援者)」が家庭と医療の橋渡しをする「ATTAIN NAV」モデルが考案されました。


🧩 この研究で行ったこと

  • 介入内容や実施方法の改善点を、事前に医師・療育者・家族・ITスタッフと話し合いながら洗い出し、試験開始前に改良。
  • 介入中も定期的に見直し・改善を行い、合計19件の変更(アダプテーション)を文書化
  • 改善の目的は「手続きの実現可能性の確保」「家族・医師の参加率向上」「支援内容の受け入れやすさの向上」など。

✅ 結論と意義

この研究は、「ATTAIN NAV」のような柔軟かつ現場に根ざした支援モデルを、どのように関係者と共に改善しながら実装するかの手順と成果を明らかにしています。特に、「どう変えたかを記録する仕組み(アダプテーションのフレームワーク)」が、他の支援モデルにも応用可能な点で実践的価値があります。支援現場で「実際に使える」仕組みをどう作るか、その好例となる研究です。

Enhancing the discriminatory power of polygenic scores for ADHD and autism in clinical and non-clinical samples - Journal of Neurodevelopmental Disorders

この研究は、**ADHD(注意欠如・多動症)とASD(自閉スペクトラム症)という2つの発達障害に対するポリジェニックスコア(PGS)**の診断的な有用性を高める方法を探ったものです。


🔍 背景

PGSとは、複数の遺伝子情報を元に「その人がある疾患を発症する可能性」を数値化した指標です。しかし精神疾患では、異なる障害同士の遺伝的な重なり(共通性)が大きいため、PGSの「識別力(その人がADHDかASDかを区別する力)」が低いという課題がありました。


🧪 方法と特徴

研究では、**GenomicSEM(遺伝構造方程式モデリング)**という新しい分析手法を使い、ADHDやASDに特有な遺伝的要素だけを抽出するようにPGSを再構成しました。これにより、他の精神疾患と混ざりにくく、より「その障害に特化した」スコアを作成。

  • 対象データ:フィラデルフィア神経発達コホート(4,789人)とSPARK(5,045人)の大規模サンプル
  • ADHD・ASD以外にも8つの精神疾患を考慮し、共通遺伝要因の影響を除去

📊 主な結果

  • GenomicSEMを用いたPGSは、従来のPGSに比べて他の障害との関連性が弱まり、識別性が高まった
  • つまり「このスコアはADHDのリスクを示しているのか、それとも他の障害のリスクを反映しているのか?」という曖昧さが軽減された。

✅ まとめ

この研究は、ポリジェニックスコアの精度と実用性を高める新たなアプローチを提示しています。特に、複数の精神疾患の遺伝的重なりを「分離」する手法により、ADHDやASDに特化したより正確な診断支援ツールとしてのPGSの可能性が広がります。今後、より個別化された医療や早期介入の実現にもつながる重要な一歩と言えるでしょう。

Understanding Disclosure Decisions in Parents of Children with Attention Deficit/Hyperactivity Disorder

この研究は、ADHDのある子どもを育てる親が「子どものADHDについて他人にどこまで話すか」をどう判断しているかを明らかにするために行われた質的研究です。


🔍 背景と目的

ADHDはよく知られた発達障害のひとつですが、診断や薬の使用について**他人に伝えるかどうか(開示)**は親にとって繊細な問題です。支援を得るためには開示が有効な一方で、偏見や差別を受けるリスクもあります。本研究は、親たちがこのジレンマの中でどのように判断し、どんな理由で開示を選んでいるのかを探りました。


🗣 方法

  • 参加者:ADHDの子どもをもつ15人の親
  • 手法:半構造化インタビューによる聞き取りを行い、**質的分析(テーマ分析)**で共通点を整理

📊 主な結果(5つのテーマ)

  1. 「誰に話すか」をまず考える
  2. 子どもにとってプラスになるなら開示する
  3. 偏見にどう向き合うかを考慮して判断する
  4. 支援やサービスを得るために必要と感じた場合は開示
  5. 親として、自分たちのアイデンティティを示す手段として開示を選ぶことも

✅ まとめ

この研究は、親が子どものADHDを「話す・話さない」を選ぶ際のリアルな葛藤と多様な理由を明らかにしました。そして、こうした判断を支える支援がほとんど存在しない現状にも言及しています。今後は、親が安心して判断できるような情報提供や心理的サポートが必要であることが示唆されています。

A Verbal Behavior Analysis of Theory of Mind: Conceptual and Applied Implications

この論文は、人の心の状態(信念や欲求など)を理解し、それに基づいて他人の行動を予測・説明する能力として知られる「心の理論(Theory of Mind, ToM)」を、行動分析の視点から「言語行動」として捉え直すという新しい理論的アプローチを提案しています。


🔍 背景と目的

心理学ではToMは広く認められており、特に自閉スペクトラム症(ASD)との関係で研究が進められてきました。通常は「誤信念課題」などを使ってToMの有無を測りますが、この論文ではそれを**「話し手が相手の行動に影響を与えている環境要因を把握し、聞き手としてそれを区別して理解する力」**として定義し直しています。


📚 内容の構成

  1. 一般心理学におけるToMの概観
  2. 行動分析的アプローチの条件とこれまでの理論整理
  3. スキナーの「言語行動理論」に基づくToMの再定義
  4. ToMが未習得な子ども(例:ASD児)にどのような順序で指導できるかの提案

✅ 要点まとめ

著者は、ToMは「暗黙的な認知」ではなく、社会的強化によって形作られる言語行動であると主張します。つまり、ToMとは「相手の考えを読む力」というよりも、「相手の行動を制御する環境と自分の行動を区別して言語で扱える力」と捉えられるということです。これは、自閉症の子どもたちにToM的行動を教えるための具体的な介入法の開発にもつながる可能性があり、理論と実践の両面にインパクトを与える提案です。

Frontiers | Parental Stress, Mental Health, and Child Traits in Italian Mothers and Fathers of Autistic Children

この研究は、イタリアの自閉スペクトラム症(ASD)の子どもを育てる母親と父親が感じるストレスやメンタルヘルスの状態、そして子どもの行動や症状の受け止め方の違いに注目したものです。


🔍 研究の目的と方法

  • 対象:4〜19歳のASD児を育てる両親 102名(母51名・父51名)
  • 調査項目
    • 親のストレス(Parenting Stress Index)
    • メンタルヘルス状態(Symptom Checklist-90)
    • 子どもの行動特性(Child Behavior Checklist)
    • 子どもの自閉症症状の重さ(Social Responsiveness Scale)
    • 子どものIQなど臨床的評価

📊 主な結果

  • ストレスレベルは母・父で同程度

  • 母親はより多くのメンタルヘルス症状を報告

  • 母親は、子どもをより「問題行動が多い」「症状が重い」と感じている傾向

  • 親のメンタルヘルスは子どもの内在化行動(例:不安・抑うつ)への認識に関係し、

    親のストレスは外在化行動(例:反抗・多動)やASD症状の重さの評価に関係

  • 子どものIQなど臨床的評価と親の状態との直接的な関連は見られなかった


✅ 要点まとめ

この研究は、「親のこころの状態が、子どもの行動や症状をどう感じ取るかに強く影響する」ことを明らかにしました。特に母親は父親よりも子どもの症状を重く感じがちであり、その背景にメンタルヘルスの不調がある可能性があります。こうした知見は、家族全体を支える支援策の設計や、母親と父親それぞれの心理的ケアの必要性を再確認させる重要なものです。