ASD児の言語理解支援にはジェスチャーが有効に働くという結果
本ブログ記事では、2025年5月に公開された発達障害に関する最新の学術研究を紹介しています。取り上げられているのは、自閉スペクトラム症(ASD)やADHDに関連する多様なトピックで、睡眠障害の治療法、ジェスチャーによる言語理解の支援、室内環境の感受性、診断の歴史的変遷、学校時間帯と学業成績の関係、成人期の遺伝診断の意義、日常生活における予定記憶とストレスの関係などが含まれます。これらの研究はいずれも、当事者の体験や特性に基づいた理解と支援の重要性を示しており、教育・福祉・医療など多領域における実践への応用が期待されます。
学術研究関連アップデート
[Treatments for Sleep Disturbances in Individuals with Autism: Behavioral, Medication, and Combined Approaches
本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある人に多く見られる睡眠障害への治療法を、薬物療法、行動療法、両者を組み合わせたアプローチの3つに分類し、それぞれの有効性を検討した系統的レビューです。ASD児の約半数以上が慢性的な睡眠問題を抱えており、これは一般の子どもに比べて明らかに高い割合です。過去の研究を広く調査した結果、特に親へのコーチングを含む行動療法が、持続的な改善につながる最も効果的な方法であることが示唆されました。一方で、文献の選定範囲や研究間の偏りなどの限界もあり、今後はより包括的でバランスの取れた研究が求められています。
Beat Gestures Improve Language Comprehension in Chinese Children with Autism Spectrum Disorders
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある中国の子どもたちにおいて、「ビートジェスチャー」(話し手のリズムや強調を示す手ぶり)が言語理解を助けるかどうかを検証したものです。26名のASD児と同年齢の定型発達児が、音声のみ/ビートジェスチャー付き/意味のないジェスチャー付きの3種類の会話映像を見て、内容理解を測定されました。その結果、ASD児はビートジェスチャー付きの映像で、他の条件よりも正答率や反応速度が向上しました。また視線解析では、定型児は常に話者の顔をよく見ていた一方、ASD児はジェスチャーがあると手元を見る傾向が強くなっていました。これにより、ジェスチャーがASD児の注意を引きつけ、言語のリズムや文脈の手がかりを理解しやすくしていることが示唆され、言語訓練への活用が期待されます。
The influence of indoor temperature and noise on autistic individuals
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある人々が、室内の温度変化や騒音にどのように影響を受けるかを検証したものです。ASD当事者と定型発達者に対し、6つの異なる室内環境(温度や音の条件を変化)でアンケートと注意力テストを実施したところ、ASDの人は従来型の快適性アンケートには一貫した回答ができず、適していないことが判明しました。一方、注意力テストは全員が完了でき、4℃の温度差や突発的な騒音、背景音(55dB)によって、ASDの人のパフォーマンスは大きく低下しました。定型発達者はこれらの条件でもほとんど影響を受けなかったことから、ASDの人にとっては環境変化が大きなストレス要因となること、そしてその影響を測るには注意力テストが有効であることが示されました。
History of the Autism Diagnosis– How the Perspectives Have Changed
本論文は、自閉症の診断とその捉え方が歴史的にどのように変化してきたかをたどり、医学的視点から社会的・文化的視点への移行を描いています。自閉症は当初、統合失調症の一症状とされていましたが、徐々に独立した診断として確立され、現在では「自閉スペクトラム症(ASD)」として多様性を内包した概念へと発展しました。論文では、ブロイラー、スハレワ、カナー、アスペルガーといった先駆者の貢献や、「高機能/低機能」から「スペクトラムモデル」への移行が紹介されます。また、「○○のある人(person-first)」から「自閉症者(identity-first)」といった言葉の選び方が、当事者の捉え方に与える影響にも触れられています。全体として、自閉症の拡張的な定義が「神経多様性」運動を後押しし、より包摂的な社会の実現に寄与しているとしつつも、支援の必要性や表現のあり方には引き続き配慮が求められると論じています。
The interplay between ADHD and school shift on educational outcomes in children and adolescents: a cross-sectional and longitudinal analysis
この研究は、ADHD(注意欠如・多動症)のある子どもが「午前・午後のどちらの時間帯に学校へ通うか」によって学業成績にどのような影響を受けるのかを、ブラジルの小中学生2,240人を対象に調査したものです。ADHDの子どもは一般的に夜型傾向があるため、午前中の授業に不利ではないかと仮説が立てられました。結果、ADHDのある子どもは全体的に読み書き能力が低く、学業不振や問題行動(留年、停学、中退など)のリスクが高いことが確認されました。しかし意外なことに、ADHDと学校の時間帯の影響が強く出たのは横断的な分析(ある時点での比較)だけで、縦断的(3年間の追跡)には明確な相互作用は見られませんでした。午前中の授業はADHDの有無に関係なく成績が低く、午後の授業はADHDのない子どもにとって特に効果的である可能性が示唆されました。このことから、学校の時間帯が成績に与える影響は、子どもの注意力のレベルによって異なることがわかります。
Addressing the Diagnostic Odyssey for Adults With Neurodevelopmental Disabilities: Case Study of an Individual With Mandibulofacial Dysostosis With Microcephaly
この論文は、成人の発達障害を持つ人に対して遺伝子検査(全エクソーム解析:WES)を行う意義を示した事例研究です。紹介されているのは、自閉スペクトラム症(ASD)、知的障害、口蓋裂、小頭症など複数の障害を抱える23歳の男性です。幼少期から多くの検査を受けたにもかかわらず、原因不明のままでした。しかし今回、WESによってEFTUD2遺伝子の変異が特定され、Mandibulofacial Dysostosis With Microcephaly(MFDM)という稀な遺伝性疾患であることが判明しました。この変異は両親から受け継がれていない「de novo変異」であり、再発リスクも低いことが家族に伝えられました。この事例は、大人になっても遺伝的な再評価が重要であり、若い家族や医療チームにとって将来の治療方針を考えるうえで有益な情報となることを示しています。また、今後はこのような遺伝子検査の費用対効果を含めた研究の必要性も指摘されています。
Prospective Memory Performance of Autistic Adults in Everyday Life: The Role of Stress and Motivation
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある成人が日常生活の中で「やるべきことを覚えておく力(予定記憶)」にどのように対応しているかを調べた初めての実証的研究です。参加者は、29人のASD当事者と30人の非自閉の対照群で、年齢・性別・認知能力を揃えた上で比較されました。3日間にわたって、時間で行動する課題や出来事に反応して行動する課題(予定記憶タスク)をこなしつつ、並行して日常生活の活動内容、やる気、日課、ストレスレベルなどを調査する体験サンプリング法(ESM)も実施されました。その結果、ASDのある成人は予定記憶の課題において対照群と変わらない成績を示し、活動内容ややる気も差はなかった一方で、自覚しているストレスレベルは高いことが分かりました。このことから、ASDのある人は日常のやるべきことをこなす能力には問題がない一方で、日常的なストレスが高い状況で生活している可能性があることが示唆されます。