ASDにおける運動と情緒的支援の重要性
本記事では、発達障害に関する最新の学術研究を紹介しています。具体的には、ASD児への親の即時フィードバック支援「Bug in Ear eコーチング」や交通安全スキルをVRで学習する介入効果、ADHD成人の薬物使用リスク、ASDにおける運動と情緒的支援の重要性、ADHD症状と加齢・性差の関係、ASD児に対する人間性重視のカウンセリング実践、分子レベルでの新たな治療標的CDKN1Aの役割、そして自閉症児の就学先に関する保護者の意向など、多角的に発達障害の支援・診断・治療・教育環境に関する知見を取り上げ、包括的な理解と支援の方向性を示しています。
学術研究関連アップデート
The Effects of eCoaching With Bug in Ear On Children With ASD and Their Parents
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どものコミュニケーション力を高めるために、親を対象に「バグインイヤー(Bug in Ear: BIE)」を用いたeコーチングを行った効果を検証したものです。BIEとは、親が子どもと関わっている最中にイヤホンを通じて専門家から即時フィードバックを受けられる仕組みで、場所や時間、費用といった従来のコーチングの課題を克服できる方法として注目されています。
研究では、親が自然なやりとりの中で子どもの発話や要求を引き出す「マンド・モデル(Mand-Model: MM)手続き」を学び、実際に実施できるよう指導しました。その結果、親はMMの手順を正しく使えるようになり、その効果は介入終了後も維持されました。さらに、ASD児自身も親によるMMの働きかけを通じて新しいコミュニケーションスキルを獲得・維持できたことが確認されました。
加えて、親からの社会的妥当性(使いやすさや満足度)調査では、BIE eコーチングに対して肯定的な評価が得られました。
まとめると、この研究は、遠隔で行うBIE eコーチングが親の指導力を高め、子どものコミュニケーション発達を促す実用的かつ効果的な支援方法であることを示しています。
Virtual reality intervention for pedestrian safety in autistic children
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもに「安全な横断歩道の渡り方」を教えるために、没入型バーチャルリアリティ(VR)を活用した介入を検証したものです。横断歩道の安全行動は自立や生活の質に直結しますが、実際の街中で練習するのは危険や環境要因の制約があり困難です。
研究では、現実の環境を再現したVRシステムを用い、**タスク分析(横断に必要な一連の行動ステップを分解)**に基づいて訓練を実施しました。対象は3名のASD児で、最終的に2名が全フェーズを完了。データは現実環境とVR環境の両方で収集されました。
結果として、介入後には2名とも、正しく実行できた行動ステップ数がVR環境・現実環境の両方で明確に増加し、その効果はフォローアップ(維持効果)や一般化チェックでも確認されました。研究者らはさらに、プロンプト(手がかり提示)や介入要素の工夫によって効率を高められる可能性を指摘しています。
まとめると、この研究は、VRを活用することで、安全で現実的な環境下でASD児の交通安全スキルを効果的に教えることが可能であり、実生活での自立支援に役立つことを示しています。
Self-Reported ADHD Diagnosis and Illicit Drug Use and Prescription Medication Misuse Among U.S. Working-Age Adults
この研究は、米国の労働年齢層(18〜64歳)におけるADHD診断の有無と違法薬物使用・処方薬の不適切使用の関連を調べたものです。対象は2023年のNational Wellbeing Surveyに参加した7,044人(薬物使用障害=DUD未診断者に絞ると6,484人)で、大麻・コカイン・メタンフェタミン・ヘロイン・フェンタニル・幻覚剤などの違法薬物7種類と、オピオイド・抗不安薬・睡眠薬・刺激薬などの処方薬4種類、計11カテゴリーの生涯および過去1年の使用/誤用が分析されました。
結果として、ADHDを自己申告した成人は、ADHDではない成人よりも全11カテゴリーで生涯・過去1年の使用率が有意に高いことが分かりました。人口統計学的要因を調整したロジスティック回帰分析でも差は維持され、特に**処方刺激薬の誤用(生涯:AOR=3.08、過去1年:AOR=3.33〜3.48)**が際立って高いリスクを示しました。また、薬物使用障害(DUD)がない群だけを対象にしても、ADHD群は依然として使用率・誤用率が有意に高いことが確認されました。
結論として、ADHDは薬物使用や処方薬誤用のリスク要因であり、DUD診断の有無に関わらず幅広い薬物使用のリスク評価が必要であると指摘されています。臨床現場では、ADHDを持つ成人に対して薬物使用・誤用の包括的なアセスメントを行い、必要に応じて介入を行うことが推奨されます。また、今後の全国調査(NSDUH, NHIS, BRFSSなど)には、ADHD診断・症状・治療歴に関する情報を組み込むべきであると提案されています。
Frontiers | Physical Activity and Addressing Emotional Needs Can Help Reduce Medication Dependence in Autism
この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもにおける運動・身体活動の重要性と、情緒的ニーズへの対応が薬物依存の軽減につながる可能性を示したものです。
ASDは、社会的相互作用やコミュニケーションの困難、知的制約や自傷行為を伴う神経発達症であり、さらに消化器障害・肥満・心血管疾患などの身体的併存症も多く見られます。近年の研究では、腸内細菌叢の変化がASDの行動症状に関与することが報告されており、運動や運動療法が腸内環境を改善するとともに、コミュニケーションや社会的相互作用の促進に寄与することが示されています。
本研究では、さまざまなスポーツや身体活動がASD児の発語や社会的スキルを改善し、腸内細菌叢にも良い影響を与える可能性を強調しています。また、親の多忙さや知識不足により、子どものケアを十分に家庭で行えず、公的施設に依存せざるを得ない現状が指摘されました。その結果、ASD児は年齢が上がっても発達段階が幼児的なまま留まりやすく、欲求をうまく言葉で表現できないことで攻撃的行動や問題行動につながることがあります。
著者らは、こうした行動の背景には子どもの情緒的ニーズや初期体験が十分に理解されていないことがあるとし、発達段階や興味に合わせた活動を取り入れることで、本人が「理解されている」と感じやすくなり、指導や支援を受け入れやすくなると指摘しています。
結論として、ASD支援においては薬物療法だけに依存するのではなく、運動習慣や情緒的ニーズへの包括的アプローチが必要であり、それが長期的に薬物依存を減らし、より健全な発達を促進する可能性が示されています。
Frontiers | Age-related cognitive complaints and emotional difficulties associated with symptoms of ADHD: A study of gender differences
この論文は、ADHD症状が加齢に伴う認知的・情緒的困難にどのように関連するかを、性別の観点から検討した研究です。
対象は19〜79歳の成人118名(女性78%)で、大半がADHD診断を受けているか、臨床的に有意な症状を持っていました。参加者は自己報告によるADHD尺度(Connors Adult ADHD Rating Scale)、認知失敗質問票(Cognitive Failures Questionnaire)、実行機能障害尺度(Barkley Deficits in Executive Functioning Scales)、感情調整困難尺度(Difficulties in Emotion Regulation Scale)を回答しました。年齢を調整因子として、ADHD症状と認知・情緒的困難の関連を性別ごとに分析しました。
結果として、ADHD症状は認知的困難(r=0.39〜0.68)および情緒的困難(r=0.21〜0.64)と中〜強い関連を示しました。男性では、若年層の方がADHD症状と認知的困難や情緒的衝動性との関連が強く、高齢になるとその結びつきがやや弱まる傾向が見られました。一方、女性では年齢による差はほとんど見られず、特に閉経後の女性は認知的加齢や情緒的困難のリスクが高い可能性が指摘されました。すべての関連はうつ・不安症状を調整しても有意でした。
結論として、この研究はADHD症状がライフスパンにわたって認知・情緒的困難に影響するが、その影響は性別によって異なることを示しました。特に女性は加齢に伴う脆弱性が高い可能性があり、ADHD支援においては性別特有の加齢リスクを考慮したアプローチが必要であることを強調しています。
Exploring Mental Health Professionals’ Experiences With Using Humanistic Counseling for Children With ASD
この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもに対するヒューマニスティック(人間性重視)のカウンセリングが、現場のメンタルヘルス専門職にどのように実践され、どのように受け止められているかを明らかにした研究です。
研究では、ASD児を対象に支援経験を持つカウンセラーや家族療法士14名に対して半構造化インタビューを実施し、質的分析(超越的現象学的アプローチ)を行いました。その結果、以下の3つの主要テーマが抽出されました:
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パーソンセンタード実践の応用
― 子どもの特性やペースを尊重し、子ども自身の主体性を大切にした支援。
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ソーシャルジャスティスを基盤にした支援
― 家族や子どもが社会的に不利な立場に置かれやすいことを踏まえ、不平等や偏見を是正する姿勢を持ったカウンセリング。
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クライアントの強みに焦点を当てること
― ASD児の困難さにとどまらず、長所や可能性を引き出し、発展を支えるアプローチ。
著者らは、こうしたヒューマニスティックな手法はASD児とその家族に有効であり、専門職は自身の実践を振り返りながら、人間性重視のアプローチを積極的に取り入れることが推奨されると結論づけています。
Knockdown of CDKN1A Suppresses the IL‐17 Pathway to Inhibit Oxidative Stress and Alleviate Autism Spectrum Disorder
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の分子メカニズムを明らかにするため、細胞周期関連遺伝子CDKN1Aが果たす役割を調べたものです。ASDは社会的相互作用やコミュニケーションの障害、反復行動を特徴としますが、その背景となる分子機構は十分に解明されていません。
研究チームは、マルチオミクス解析と機械学習を組み合わせ、酸化ストレス関連の差次的遺伝子発現(DEGs)を特定。その中で CDKN1Aが中核的なハブ遺伝子であることを突き止めました。
さらに、母体にLPS(リポポリサッカライド)を投与したASDモデルラットを用いた実験では、以下の現象が観察されました:
- 行動面:社会性の低下、不安様行動、学習・記憶の障害
- 生物学的変化:神経炎症、海馬の神経変性、酸化ストレスの増加
しかし CDKN1Aをノックダウンすると、これらの障害が大幅に軽減され、ラットは社会性が改善し、不安が減少、学習・記憶も向上しました。
また、分子レベルでは CDKN1AがIL-17経路を介して炎症や酸化ストレスを促進することが確認されました。CDKN1Aを抑制するとLPSによるアポトーシス・炎症・酸化ストレスが低下しましたが、IL-17Aを加えるとその効果は弱まりました。
結論として、本研究は CDKN1AがIL-17経路を活性化しASDの病態形成に寄与することを明らかにし、CDKN1Aの抑制が神経炎症や酸化ストレスを抑え、ASD関連の行動障害を改善する可能性を示しました。これは、ASD治療における新たな分子標的としてCDKN1Aが有望であることを意味します。
👉 補足すると、この成果は基礎研究段階(動物モデル・細胞実験)ですが、将来的に炎症経路や酸化ストレスを抑える分子治療の開発につながる可能性があります。
Mainstream or special education or somewhere in‐between? What do parents of autistic students want and why?
この研究は、オーストラリアの自閉スペクトラム症(ASD)の子どもを持つ656人の保護者を対象に、どのような学校環境(通常学級・特別支援学級・特別学校など)を望んでいるのか、その理由や子どもの特性との関連を調べたものです。
結果として、約半数の保護者は「通常の学級(メインストリーム)」を希望しており、その理由としては「実社会に適応できるようにしてほしい」「同年代の子どもと交流してほしい」といった意見が多く挙げられました。
一方で、もう半数の保護者は特別支援学級や特別学校などの専門的な環境を希望しており、特に以下の場合にその傾向が強くなりました:
- 子どもが 年齢が高く(中学・高校段階) なっている場合
- 学習やメンタルヘルスに影響を及ぼす 併存症がある場合
つまり、子どもの発達段階やニーズの複雑さによって、保護者の希望は大きく分かれることが示されました。
研究の結論としては、「通常学級は依然として多くの保護者に選ばれているが、現状では十分に子どものニーズに応えられていないと考える家庭も多い」という現実が明らかになりました。そのため、学校がより包括的で柔軟な支援を提供できるよう、教育システム全体の改革が必要であると強調されています。