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ADHD・ASD若者による「つらい体験」の語りから見える情動調整の新しい理解

· 10 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、ADHDやASDなど発達障害に関する最新の学術研究を幅広く紹介しています。ADHDと腸内細菌叢の乱れとの関連や、プロバイオティクス・食事介入の可能性、成人ADHDにおけるASD特性の高い併存率と臨床的影響、ASDと腸内細菌の双方向的関係と治療的視点、覚醒剤使用障害とADHD併存例への薬物療法を検証する体系的レビューの計画、さらにADHD・ASD若者による「つらい体験」の語りから見える情動調整の新しい理解などが取り上げられています。これらの研究は、発達障害を脳だけでなく全身や環境との相互作用の中で理解することの重要性を示し、医療・福祉・教育を横断する新たな支援アプローチの必要性を浮き彫りにしています。

学術研究関連アップデート

Microbiome dynamics in attention-deficit hyperactivity disorder: A systematic review and meta-analysis decoding the role of gut dysbiosis and potential dietary interventions

本研究は、ADHD(注意欠如・多動症)と腸内細菌叢の乱れ(腸内フローラの不均衡)との関係を包括的に検証したシステマティックレビューとメタ分析です。ADHDは脳内だけでなく「腸―脳軸」による影響が指摘されており、本研究ではADHD児と定型発達児の腸内細菌構成を比較し、さらに食事介入の有効性も評価しました。

分析対象となった8件の研究から、ADHD児では有益な菌(乳酸菌やビフィズス菌)が減少し、FirmicutesやBacteroidetes、Proteobacteriaといった菌群が有意に増加していることが示されました。特に、

  • Actinobacteriaの減少(ADHD: 4.89% vs. 定型: 5.78%)、
  • 乳酸菌(Lactobacillus)やビフィズス菌(Bifidobacterium)の減少
  • 炎症性変化と関連する菌群の増加

が明らかになっています。

さらに、プロバイオティクス(特定株の乳酸菌やビフィズス菌)や食物繊維を多く含む食事が腸内環境を整えるとともに、ADHD症状の改善に関連する可能性が指摘されました。これらは薬物療法の代替ではなく、補完的な介入手段として有望視されています。

本研究は、ADHDを「脳の疾患」としてだけでなく「全身的な調和の乱れ」と捉える視点を強調し、腸内環境を整える食生活やプロバイオティクス活用が、行動改善や症状緩和に寄与する可能性を示した点で重要です。今後は、臨床的に有効な菌株の特定や長期的効果の検証が課題となります。

Coexistence of autism spectrum disorder traits in adults diagnosed with attention-deficit/hyperactivity disorder: longitudinal outcomes

本研究は、成人期のADHD(注意欠如・多動症)診断者における自閉スペクトラム症(ASD)の特性併存率とその影響を明らかにしたものです。165名のADHD成人を対象に追跡調査を行い、ASD特性を簡易的に測定する「AQ-10」による評価の結果、44.8%(74人)がASD特性を持つことが示されました。分析の結果、ADHDのみを持つ人と比較して、ADHD+ASD特性を併存する人は臨床的な症状、生活の質(QOL)、社会的スキル、家族機能のすべてにおいてより不利な結果を示すことが確認されました。さらに、ADHD薬の効果についても検討されましたが、ASD特性を持つ群では改善度が低い傾向が見られました。研究の限界として脱落率の高さが指摘されているものの、この結果は、成人ADHDの診療においてASD特性の評価が重要であり、併存する場合には特化した支援が必要であることを強調しています。特に、社会生活や家庭生活での困難が強く表れるため、医療・福祉サービスは「ADHD単独」と「ADHD+ASD併存」で異なる支援設計を行うことが望ましいと示唆されています。

Elucidating the interplay between gut microbiota and autism spectrum disorder. New insights and therapeutic perspectives

腸内細菌と自閉スペクトラム症(ASD)の関係を探る ― 新しい理解と治療の可能性

自閉スペクトラム症(ASD)は、認知・行動・コミュニケーションに幅広い特性が現れる複雑な神経発達症です。近年注目されているのが、**腸内細菌(マイクロバイオーム)と脳をつなぐ「腸脳相関(gut-brain axis, GBA)」**の役割です。研究によると、自閉症の子どもはしばしば食事内容とは無関係に、腸内細菌の多様性や量が少なく、アンバランス(腸内細菌叢の乱れ=dysbiosis)が見られることが多いと報告されています。

この腸内環境の乱れは、神経内分泌系・神経免疫系・自律神経系といった経路を通じて脳の発達や働きに影響を与え、ASDの症状に関与している可能性が高いと考えられています。特に、社会的行動や感情調整に関わる脳の機能が、腸内細菌の状態によって左右されることが示唆されています。

本レビュー論文では、これまでの研究知見をもとに、腸内細菌とASDとの複雑で双方向的な相互作用を整理しています。さらに、ゲノミクス(遺伝子解析)・メタボロミクス(代謝産物解析)・マイクロバイオーム研究を統合することで、ASDの発症メカニズムをより深く理解できる可能性があると述べています。

最終的な目標は、この知見を応用し、腸内細菌を標的とした新しい治療法の開発へとつなげることです。たとえば、プロバイオティクスや食事療法、糞便微生物移植(FMT)などが候補として研究されていますが、まだメカニズムや効果の確実性は十分に解明されていません。


🔑 ポイントまとめ

  • ASD児の腸内細菌は多様性や量が乏しく、食事とは無関係に特徴的な偏りがある。
  • 腸内細菌叢の乱れ(dysbiosis)は、脳発達や行動に影響を与える「腸脳相関」を通じてASDに関連。
  • 遺伝子・代謝産物・腸内環境を統合的に解析することでASD理解が進む可能性。
  • 今後は腸内細菌を調整する介入(食事・プロバイオティクス・FMTなど)が治療法として期待される。

この論文は「ASDを脳だけの問題として捉えるのではなく、全身的な生態系(腸内環境)との関わりとして理解する」視点を強調しています。今後、医学・栄養学・微生物学の横断的研究によって、ASD支援の新しいアプローチが開かれるかもしれません。

Frontiers | Pharmacotherapies for stimulant use disorder and co-occurring attention deficit hyperactivity disorder: protocol for a systematic review and a meta-analysis

本研究は、覚醒剤使用障害(Stimulant Use Disorder: StUD)とADHD(注意欠如・多動症)の併存例に対する薬物療法の有効性を体系的に検証するためのシステマティックレビューおよびメタアナリシスのプロトコルです。StUD(コカイン、アンフェタミン、メタンフェタミンなど)とADHDはしばしば同時に見られ、治療を複雑化させ予後を悪化させることが知られていますが、この併存状態に対して効果的な薬物療法に関するエビデンスは依然として限定的です。本レビューは、成人を対象としたランダム化比較試験を網羅的に収集・分析し、一次アウトカムとして「連続禁断期間」「薬物陰性尿の割合」「ADHD症状の改善」「薬物の副作用」を評価します。研究の質はCochrane Risk of Biasツールで判定し、エビデンスの確実性はGRADE手法で評価されます。解析は可能な場合、ランダム効果モデルを用いたメタ分析を実施予定です。最終的には、刺激薬系・非刺激薬系を含む薬物療法がStUDとADHDの双方にどの程度効果を持つのかを明らかにすることで、臨床実践への示唆を提供し、禁断維持や症状改善につながる治療戦略の確立に貢献することが期待されます。なお、本研究は国際登録(PROSPERO, CRD420250655356)に登録されており、今後の臨床および学術領域での活用が見込まれます。

JCPP Advances | ACAMH Child Development Journal | Wiley Online Library

本研究は、ADHDや自閉スペクトラム症(ASD)と診断された若者が日常で経験する「つらい体験」について、本人の語りから理解することを目的とした質的研究です。従来、情動調整の困難さは大人や専門家による外部観察をもとに説明されることが多く、当事者の主観や状況的背景が十分に反映されていませんでした。そこで研究チームは、11〜15歳の若者57名(ADHD: 24名、ASD: 21名、併存: 12名)を対象に、共同設計された半構造化インタビューを実施し、リフレクシブ・テーマ分析を行いました。

その結果、共通して現れたのは次の4つのテーマです。①社会的な断絶・疎外感・対立(友人や周囲との摩擦や孤立)、②マスキングの必要性(感情を隠す/抑えることで他者や自分を守る)、③自己疑念・自己嫌悪・恥ずかしさ(自己評価の低さや強い内面の葛藤)、④過剰刺激・感覚的不一致(音や環境刺激への過敏さ)。診断ごとの特徴も見られ、ADHDの若者は「外部からの制御や不公平さ」による不快体験を強調しがちで、マスキングは「衝突や不利益を避けるための感情抑制」として語られました。一方、ASDの若者は「居場所のなさや疎外感」を中心に体験を語り、マスキングは「感情の強さから他人を守るために隠す行為」として現れていました。両方の診断を持つ若者は、これらを複合的かつより強く経験していると報告しました。

本研究は、当事者自身の語りを通じて、情動調整の困難さを「症状」ではなく「状況に基づく反応」として捉え直す視点を提示しています。これは、これまで「情動調整障害」とされてきた行動をより文脈的に理解する上で重要であり、今後の支援や介入に新たな方向性を与える可能性があります。特に、学校や家庭での関わり方において、彼らの感情反応を単なる「問題行動」として扱うのではなく、背景にある体験や意味を理解し、安心できる居場所づくりや柔軟な感覚調整支援へつなげることが求められることを示唆しています。