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親向け行動療法への参加における紹介元の影響とテレヘルスの有効性

· 13 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、発達障害や神経発達症に関連する最新の学術研究を紹介しています。NLRP3インフラマソームなど免疫系の関与、自閉スペクトラム症(ASD)の心理療法利用の社会的要因、ASDに共通する脳機能異常、SNS上の家族の感情分析、ASDと不安障害の併存家庭における家族機能、ゼブラフィッシュによる遺伝子変異の影響、MECP2・GABBR1変異による複雑な症例、ADHDにおける男女差の体系的レビュー、そして親向け行動療法への参加における紹介元の影響とテレヘルスの有効性まで、多角的に最新知見を網羅しています。これらの知見は、発達支援の現場において今後の支援方法や制度設計、啓発活動に有用な示唆を提供します。

学術研究関連アップデート

The relationship between neurodevelopmental disorders (NDDs) and NLRP3 inflammasome

この論文では、発達障害(NDDs)と「NLRP3インフラマソーム」と呼ばれる免疫系の一部との関係について解説しています。NLRP3インフラマソームは、体がウイルスや細菌、細胞の損傷を感知したときに炎症反応を起こす仕組みで、特に自閉スペクトラム症(ASD)やADHD、統合失調症、強迫性障害、双極性障害、トゥレット症候群など、さまざまな神経発達症の背景にある「神経炎症」に関与していることが示唆されています。この論文は、そうした免疫応答と脳の発達異常との関連を、細胞レベルの仕組み(特にNLRP3というたんぱく質複合体)に注目して整理したレビューです。要するに、「脳の発達異常と炎症反応の関係を、免疫の視点から理解しよう」という試みであり、今後の治療や予防に向けた新しい視点を提供するものです。

Sociodemographic Factors Associated with Autistic Youth’s Psychotherapy Service Use

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある若者が、精神的な支援を受ける際にどのような社会的要因が関係しているかを調べたものです。ASDのある子どもたちは、他の子どもよりも精神的な問題を抱えることが多い一方で、十分な心理療法(カウンセリングなど)を受けられていない現状があります。研究では、アメリカの700人のASDの子どもたちについて、保険請求データをもとに、実際に心理療法を受けたかどうかと、住んでいる地域の社会環境の良し悪し(Childhood Opportunity Index)との関係を分析しました。その結果、住環境の良さは心理療法の利用に影響を与えず、70%がまったく心理療法を利用していなかったことが明らかになりました。また、年齢が高いほど利用率が上がり、Medicaid(低所得者向けの公的保険)を利用している子どもは、心理療法の利用率が低いこともわかりました。これは、Medicaidを受け入れ、かつASDの子どもを受け入れるメンタルヘルスの専門家が不足している現実を反映している可能性があります。

A common computational and neural anomaly across mouse models of autism

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)に関連する複数の遺伝子変異を持つマウスたちに共通する「予測の更新のしにくさ(柔軟に考えを変えられない)」という特徴を、行動実験と脳の記録を通じて明らかにしたものです。ASDの人は、予想外の出来事が起きても考えをうまく修正できないことがあると言われており、これが判断のズレにつながる可能性があります。研究では、Fmr1、Cntnap2、Shank3BというASDに関連する遺伝子に変異を持つマウスが、状況に応じた判断をする際に過去の経験(予測)をうまく更新できない傾向を示すことが分かりました。また、この「予測の更新のしにくさ」は、脳の活動パターンにも表れており、通常は感覚の領域で行われるはずの処理が前頭葉側に偏っていたり、予想外の出来事に対して感覚の反応が変化しないなどの特徴が見られました。つまり、異なる遺伝子変異があっても、ASDに関連するマウスたちには共通した脳と行動の特徴があることが示され、ASDの理解や治療に向けた手がかりになる可能性があるとしています。

Exploring emotions and perspectives of families with autism spectrum disorder individuals on sports participation: a case study on Weibo using machine learning method - BMC Sports Science, Medicine and Rehabilitation

この研究は、中国のSNS「Weibo(微博)」に投稿された自閉スペクトラム症(ASD)に関するスポーツ参加の話題を分析し、家族の感情や考え方の傾向を機械学習で明らかにしたものです。2020年から2023年にかけての投稿から、「自閉症」と「スポーツ」に関連する内容を抽出し、ポジティブ(肯定的)かネガティブ(否定的)かを自動分類しました。その結果、肯定的な意見が否定的な意見を大きく上回り、特に年を追うごとに「スポーツはASDの子どもの発達や幸福に役立つ」とする意見が増加していることがわかりました。この傾向は、ASD当事者の身体活動を支援する介入や、よりインクルーシブなスポーツプログラムを設計する上での貴重な手がかりになります。

Family Functioning in Families of Children with an Anxiety Disorder, with and without Autism Spectrum Disorder

この研究は、不安障害を持つ子どもを育てる家庭において、自閉スペクトラム症(ASD)の有無によって家族機能にどのような違いがあるかを調べたものです。7〜18歳の子ども264人とその親が参加し、家族内の関係性や生活のルール・役割分担(システム維持)について質問票で評価されました。その結果、不安障害とASDの両方を持つ子どもの家庭では、親子間のつながりが弱く、ルールや秩序を重視する傾向が強いことがわかりました。逆に、不安障害のみの家庭は、健常な家庭とほぼ変わらない結果でした。また、不安に対する認知行動療法を受けた後も、家族機能に改善は見られず、治療前の家族機能が治療効果に影響することもありませんでした。ASDと不安障害が併存する場合、家族関係により大きな課題が生じる可能性があることが示され、今後の支援方法の検討が求められています。

Disrupted diencephalon development and neuropeptidergic pathways in zebrafish with autism-risk mutations

この研究では、自閉スペクトラム症(ASD)のリスクと関連する17種類のヒト遺伝子の変異をゼブラフィッシュに導入し、脳の発達や行動への影響を調べました。研究チームは27種類の変異魚を作成し、幼生期と若魚期にわたって行動変化(反応性や社会性)を観察。また、全脳活動の画像解析では、全く異なる遺伝子(kmt5bhdlbpa)の変異にもかかわらず、視床や中脳に共通した過活動領域が見られました。さらに、脳サイズの異常が複数の変異で確認され、特に間脳(視床や視床下部を含む)での成長に影響が集中していました。RNAシーケンスにより、神経ペプチドのシグナル伝達、神経細胞の成熟、細胞の増殖などに関わる遺伝子の異常も確認されました。この研究は、ASDの発症に関連する脳の部位や分子経路を明らかにし、今後の治療標的の候補となる可能性を示しています。

Frontiers | Diagnostic Assessment, Developmental Trajectory and Treatment Approaches in a case of a complex neurodevelopmental syndrome associated with non-synonymous variants in MECP2 ( p. R133C) and GABBR1

この論文は、MECP2とGABBR1という2つの遺伝子に変異を持つ13歳の少女の事例を通じて、複雑な神経発達症候群の診断・発達経過・治療経過を詳細に追ったケーススタディです。


本研究では、**自閉スペクトラム症(ASD)と知的障害(ID)**を抱える13.9歳の少女について報告しています。彼女は9歳ごろから、トゥレット症候群(TS)を示唆する運動性・音声性チックが出現しました。遺伝子検査の結果、**Rett症候群に関連するMECP2遺伝子の変異(p.R133C)が新たに見つかり、さらに母親と祖母から受け継いだGABBR1遺伝子の未確定病的意義の変異(p.F692S)**も確認されました。

MECP2変異だけでは説明できないチック症状や行動の複雑さが見られたため、GABBR1変異がそれらに関与している可能性があると考えられました。MECP2は神経のGABAシステム(神経の抑制系)に関与しており、GABBR1はその受容体に関係するため、両者の変異が相乗的に神経の信号伝達を乱し、遅れて出てきた退行や強いチック、行動の調整困難を引き起こしていると推察されています。

薬物療法だけでは症状の改善は限定的でしたが、音楽療法により情緒面の安定や他者との関わりの改善が見られました


このように、MECP2とGABBR1の変異が重なったケースは極めてまれであり、遺伝子と症状の関係を理解し、個別化された支援や治療戦略を考えるうえで重要な知見を提供しています。今後さらなる症例と研究が必要とされています。

Frontiers | Sex Differences in Children and Adolescents with Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder (ADHD): A Literature Review

この文献レビューは、6〜18歳の子どもと青年におけるADHD(注意欠如・多動症)の男女差について、過去の研究をまとめたものです。


ADHDは、多くの子どもに見られる発達障害で、「落ち着きがない」「集中できない」「衝動的に行動してしまう」といった症状が特徴ですが、男の子と女の子で現れ方が異なることが知られています。本研究は、2008年から2024年までに発表された54本の研究論文を分析し、男女差について体系的に整理しました。

レビューでは、以下の7つの観点で違いが明らかにされました:

  1. 症状の強さや現れ方:男の子は衝動性や攻撃性といった「外に出る行動」が目立ちやすく、女の子は不安や自己否定など「内にこもる傾向」が強い。
  2. 認知機能:性別によって記憶力や注意力などの課題の出方に違いがある。
  3. 情緒のコントロール:女の子の方が情緒の問題を見逃されやすいが、深刻な影響を受けやすい可能性も。
  4. 発達の違い:身体的・精神的な発達の進み方にも男女差がある。
  5. 社会的な関わり:女の子の方が孤立やいじめの被害に気づかれにくいこともある。
  6. 自尊心への影響:ADHDのある女の子は、自己評価の低さに悩むことが多い。
  7. 年齢による変化:思春期など成長段階によって、症状の現れ方や困りごとの種類が変わってくる点にも性差が見られる。

このように、ADHDは性別によって症状の表れ方も影響の受け方も違うため、男女で同じ対応をすると、問題が見逃されたり適切な支援が遅れたりすることがあります。今後は、こうした性差をふまえた診断・支援方法が求められると論文は結論づけています。

Where Did You Hear About Us?: Examining How Referral Sources Impact Recruitment and Retention Within a Behavioral Parent Training Program

この研究は、子どもの行動問題に悩む家庭に向けた「親子相互交流療法(PCIT)」というプログラムへの参加において、「どこから紹介されたか(紹介元)」が、実際に治療までたどり着くかどうかにどう影響するかを調べたものです。特に、低所得層や人種・民族的に周縁化された家庭の参加に焦点を当てています。


この研究では、アメリカの大都市圏にある大学医療センターと地域クリニックで、約2500家族を対象に、どの紹介元が「書類提出」「初回面接」「治療完了」に効果的だったかを分析しました。紹介元は、医師、SNS、友人、Google、地域機関などさまざまでした。

結果、ほぼすべての紹介ルートで、書類提出や面接出席の確率が上がることがわかりました。特に、小児科医、友人、行動保健の専門家、Googleからの紹介は、実際に治療まで完了する可能性が高いことが明らかになりました。一方、地域でのアウトリーチ活動からの紹介は、あまり成果が見られませんでした。

さらに、COVID-19以降は、オンライン対応などの柔軟な手段が取られたことで、全体的に参加率や継続率が改善されました。


🔍 補足ポイント

  • PCITは、親が子どもとの関係性を改善しながら行動問題に対処する行動療法。
  • 低所得や人種的マイノリティの家庭は、心理支援へのアクセス障壁が大きい
  • 医療機関・個人的つながり・インターネット検索が信頼されやすい紹介ルートだった。
  • テレヘルス(遠隔医療)対応が、コロナ以降の治療継続に大きく貢献した。

この結果は、今後、行動支援プログラムを広めるうえで、どのような紹介や広報が有効か、また柔軟なサービス提供がいかに重要かを示しています。