メインコンテンツまでスキップ

インクルーシブ教育の制度と実践の乖離を、コソボの保護者の経験から描き出した質的研究

· 約14分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

このブログ記事は、自閉スペクトラム症(ASD)やADHDを中心とする神経発達症について、「早期発達支援・評価」「心理測定」「学習支援」「家族・教育制度」という複数のレベルから最新の学術研究を横断的に紹介したものです。具体的には、①ASD幼児への共同注意(joint attention)介入の有効性をRCTメタアナリシスで裏づけ、特に早期介入の重要性を示した研究、②親のASDに対する気づきが年齢や社会的文脈によってどのように変化するかを明らかにした発達的研究、③報酬・罰への感受性(BIS/BAS)をASD児で信頼性高く測定できることを示した心理尺度研究、④ADHD児の読み困難を注意特性だけでなく音韻意識・意味処理の相互作用として捉え直す学習研究、⑤インクルーシブ教育の制度と実践の乖離を、コソボの保護者の経験から描き出した質的研究を取り上げています。全体として本記事は、診断名に還元しない発達理解、早期かつ発達段階に応じた支援、客観的評価ツールの整備、そして制度・文化を含めた支援環境の構築が不可欠であるという共通したメッセージを、国際的・学際的な研究知見から示しています。

学術研究関連アップデート

この論文は、親が感じる「自閉スペクトラム症(ASD)に関する気がかり(concerns)」が、子どもの年齢によってどのように変化するのかを体系的に明らかにした研究です。これまでの研究は主に幼児期(とくに1~2歳)に焦点が当てられてきましたが、本研究は乳幼児期から学童後期までを横断的に比較し、年齢ごとに目立ちやすいASD特性の違いを検討しています。

研究では、12か月〜151か月(約1歳〜12歳半)のASD児171名を対象に、年齢を

①乳幼児期、②就学前、③学童期、④学童後期

の4群に分けました。親の自由記述による訴えを、ADI-R(自閉症診断面接)のオープンエンド部分から抽出し、**DSM-5のASD診断基準(A1〜A3、B1〜B4)**に沿って分類・分析しています。

その結果、親の気がかりには3つの異なる発達パターンがあることが分かりました。

  1. 年齢に関係なく一貫して報告されやすいもの

    • 他者との情緒的なやりとりの弱さ(社会情緒的相互性:A1)

    • 感覚過敏・感覚鈍麻(B4)

      → 幼児期から学童期まで、常に親の気づきの中心にある特性。

  2. 年齢とともに徐々に増えるもの

    • 限定された強い興味・こだわり(B3)

      → 年齢が上がり、興味の幅や社会的期待が広がるにつれて目立ちやすくなる。

  3. 年齢によって「段階的に入れ替わる」もの

    • 減少する訴え:視線・身振りなどの非言語コミュニケーションの問題(A2)
    • 増加する訴え
      • 友人関係・仲間づくりの難しさ(A3)
      • 常同行動(B1)
      • 変化への強い抵抗・同一性保持(B2)

    → 子どもが成長し、対人関係や集団適応への要求が高まるにつれて、問題として認識される領域が変化していくことが示されました。

著者らは、これらの結果を「ASD特性そのものが変わる」というよりも、年齢や生活環境(家庭→園→学校)によって、親にとって“気がかりとして目に入りやすい行動”が変化するためだと解釈しています。

一言でまとめるとこの論文は、

「ASDに関する親の訴えは年齢によって内容が大きく変化し、発達段階や社会的文脈に応じて“目立つ特性”が入れ替わる。スクリーニングや診断では、年齢に応じた視点が不可欠である」

ことを示した研究です。

  • *「小さい頃に気づかれにくかったASD特性が、学齢期になって初めて問題化する理由」**を理解するうえで、臨床・教育・行政のいずれにとっても重要な示唆を与える論文と言えます。

The Effects of Joint Attention Interventions for Young Children With Autism Spectrum Disorder: A Meta-analysis

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)のある5歳未満の幼児に対する「共同注意(Joint Attention)」への介入が、どの程度効果的なのかを、これまでに行われたランダム化比較試験(RCT)を統合して検証したメタアナリシスです。共同注意とは、他者と視線や指差し、行動を共有しながら同じ対象に注意を向ける力で、言語発達や社会的コミュニケーションの土台となる重要なスキルとされています。

研究チームは、2025年2月までに発表された研究から、ASD児(5歳未満)を対象とした共同注意介入のRCT 18件、計1,165人分のデータを抽出し、統計的に統合しました。バイアス評価には最新の基準(Risk of Bias 2.0)が用いられ、結果は複数のアウトカムを同時に扱える厳密なメタ解析手法で分析されています。

その結果、共同注意介入は、

  • 共同注意スキルそのものを中程度の効果量で改善(効果量 g=0.53)

    することが示されました。ただし、研究間のばらつき(どのくらい効くかの差)は比較的大きいことも分かっています。

さらに詳しく見ると、

  • 年齢が低い子どもほど効果が大きい
  • 「自分から共同注意を始める」よりも、「他者の共同注意に応答する力(responding to joint attention)」で特に効果が大きい

という特徴が明らかになりました。

加えて、副次的な効果として、

  • 遊びのスキルの向上
  • 自閉症特性全体の軽減

も認められましたが、これらについては研究数や方法の限界があるため、慎重な解釈が必要だと著者らは述べています。

一言でまとめるとこの論文は、

「共同注意への早期介入は、ASDのある幼児の共同注意スキルを確実に高め、とくに年齢が低いほど効果が大きい。発達の基盤を支える有効な早期支援手法である」

ことを示した研究です。

臨床・療育・保育・早期支援の現場において、なぜ共同注意が重視されるのか、どの時期に行うことが重要なのかを、エビデンスに基づいて裏づける重要なメタアナリシスと言えます。

Factor Structure and Psychometric Properties of the BIS/BAS Scales in Children and Adolescents With Autism

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)のある子ども・青年において、「報酬への敏感さ」「罰や脅威への敏感さ」を測定する質問紙(BIS/BAS尺度)が、どのような構造をもち、信頼して使えるのかを初めて体系的に検証した心理測定学的研究です。BIS/BAS尺度は、感情調整、不安、衝動性、回避行動など、ASDの中核特性と深く関わる動機づけシステムを理解する枠組みとして広く用いられてきましたが、ASD集団に特化した妥当性検証はこれまで行われていませんでした

研究では、**ASDのある子ども・青年709名(平均11歳、約75%が男児)の保護者報告データを用い、BIS/BAS尺度の因子構造を詳細に検討しました。1因子から8因子まで、単純モデル・階層モデル・バイファクターモデル(一般因子+下位因子)など、複数の理論モデルを比較し、さらに年齢(12歳未満/以上)や性別によって測定の意味が変わらないか(測定不変性)**も検証しています。

その結果、最も適合が良かったのは、

  • 一般的なBIS(脅威・罰への感受性)
  • 一般的なBAS(報酬への感受性)

という2つの大きな次元に加えて、

  • BIS‐Worry(心配・不安)
  • BIS‐Fight/Flight/Freeze(闘争・逃避・凍結反応)
  • BAS‐Drive(目標追求)
  • BAS‐Reward Responsiveness(報酬への反応性)
  • BAS‐Fun Seeking(楽しさ・新奇性追求)

という**5つの下位因子を同時に捉える「5因子バイファクターモデル」**でした。この構造は、年齢や性別によっても安定しており、同じ意味で比較できることが確認されています。

また、これらの因子は、

  • 不安や情緒問題
  • 回避傾向や抑制制御
  • 内向性・外向性、活動性
  • 恥ずかしさ、神経症傾向

などの関連指標と理論的に納得できる相関を示しており、**「測りたい心理特性をきちんと測れている」**こと(構成概念妥当性)も裏付けられました。

一言でまとめるとこの論文は、

「BIS/BAS尺度は、自閉スペクトラム症のある子ども・青年においても、報酬・脅威への反応特性を信頼性高く、多面的に評価できる心理尺度である」

ことを示した研究です。

不安の強さ、回避行動、衝動性、モチベーションの違いといったASD内の多様性を理解・層別化するための有力な評価ツールとして、臨床・研究の両面で重要な基盤を提供する論文と言えます。

Frontiers | Cross-domain interactions of nonverbal and language skills that support decoding in in Children with Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder (ADHD)

この論文は、ADHD(注意欠如・多動症)のある子どもが読み(デコーディング)を身につける際に、言語能力と非言語的能力がどのように相互作用しているのかを明らかにしようとした研究です。ADHDの子どもは注意の問題だけでなく、読み書きに困難を抱えることが多い一方で、**「どの認知・言語スキルが、どの種類の読みを支えているのか」**は十分に整理されていませんでした。

研究では、ADHDのある子どもを対象に、

  • 非言語知能
  • 意味処理能力(語彙・意味理解)
  • 音韻意識(音を操作・識別する力)
  • 読みの能力(単語読み・非語読み)

を標準化検査で評価し、それぞれの関係を統計的に分析しました。また、年齢や非言語知能の影響を統制した分析や、どの能力が読みを最もよく予測するかを調べる重回帰分析も行っています。

主な結果は次の通りです。

  • 意味処理能力が高い子どもほど、音韻意識も高い傾向があり、語の意味理解がメタ言語的な気づき(音への意識)を支えている可能性が示されました
  • *非語読み(初めて見る単語を読む力)**には、音韻意識が最も強い予測因子となっていました
  • 一方で、実在語の読みには、意味処理能力の方がより強く関連していました
  • 非言語知能そのものは、読みと直接的な関連はなかったものの、意味処理や音韻意識を通じて間接的に影響していることが示されました
  • 不注意や多動・衝動性の症状が強いほど、音韻意識や読みの成績が低い傾向があり、ADHD症状そのものが学習に影響していることも確認されました

一言でまとめるとこの論文は、

「ADHDのある子どもの読みの困難は、注意の問題だけでなく、意味理解・音韻意識といった言語スキル同士の相互作用の中で生じており、特に音韻意識は非語読み、意味処理は語の読みを支える重要な役割を果たしている」

ことを示した研究です。

そのため、読み支援を行う際には、注意特性への配慮に加えて、音韻意識や語彙・意味理解を狙った介入を組み合わせることが重要である、という実践的な示唆を与えています。

Exploring the experiences of parents of children on the autism spectrum in inclusive education in Kosovo

この論文は、コソボにおいて自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもを通常学級に通わせている保護者が、インクルーシブ教育をどのように経験しているのかを、保護者自身の語りから明らかにした質的研究です。法制度としてはインクルーシブ教育が掲げられている一方で、実際の学校現場ではどのような困難や工夫が生じているのかを、紛争後・移行期にある教育システムという文脈の中で捉えています。

研究では、首都プリシュティナの公立小学校(2〜5年生)に在籍するASD児の保護者10名(母親6名・父親4名)に半構造化インタビューを行い、テーマ分析によって経験を整理しました。その結果、次の7つの主要テーマが浮かび上がりました。

  1. 就学時のガイダンス不足

    入学時に制度や支援内容について十分な説明がなく、保護者が自ら情報を探さざるを得ない状況。

  2. 形式的で限定的な保護者参加

    学校との関わりは手続き中心で、意思決定に実質的に関与しにくい。

  3. 特定の教職員への依存

    担任教師や特別支援アシスタントなど、個人の善意や力量に支援が大きく左右される。

  4. 制度的サービスの不足

    専門職や継続的支援が不足し、学校間・個人間のばらつきが大きい。

  5. 経済的負担

    民間療育や移動費など、家庭が負担するコストが大きい。

  6. ジェンダー化されたケア役割

    支援や調整の多くを母親が担い、心理的・時間的負担が集中。

  7. ASDに対する文化的スティグマ

    社会的偏見や誤解が残り、家族の孤立感を強めている。

総じて、コソボのインクルーシブ教育は制度としては存在しても、実践は一貫性に欠け、非公式な人間関係や個人の努力に依存していることが示されました。著者らは、保護者(とくに母親)を対等なパートナーとして位置づける、透明で協調的な支援体制の構築と、制度面・文化面の両方の障壁に取り組む必要性を強調しています。

一言でまとめると本研究は、

「法的にはインクルーシブ教育が保障されていても、実際には支援が断片的で、保護者の負担と不安が大きい。持続可能な包摂には、制度化された支援と文化的理解の両立が不可欠である」

ことを明らかにした研究です。

関連記事