米国におけるADHD診断率上昇と治療率低下という公衆衛生的ギャップ
本記事は、2026年2月時点の発達障害領域における最新研究を横断的に紹介しており、①ADHDの持続・寛解を分ける神経化学的発達軌道(内側前頭前野のグルタミン酸変化)、②自閉スペクトラム症(ASD)における感情処理困難と右一次体性感覚野の内在的活動との因果的関連、③米国におけるADHD診断率上昇と治療率低下という公衆衛生的ギャップ、④COVID-19長期化が発達遅延・発達障害児に与えた多様な機能経過とレジリエンス要因(親の自己効力感・学校アクセス)、⑤ASD診断直後の母親と父親で異なるストレス構造(睡眠困難と職場コントロール感)というテーマを扱っている。全体として、神経生物学的基盤から家族心理、医療アクセス、社会制度までを射程に入れ、「発達障害の経過の多様性」と「それを規定する神経・心理・社会的要因」を多層的に整理した研究動向をまとめた内容である。
学術研究関連アップデート
Developmental trajectories of glutamate and the variable clinical course of ADHD in youth
🧠 ADHDは「成長で治る子」と「続く子」で脳の発達が違う?
― グルタミン酸の発達軌道に注目した縦断研究(2026年)―
(Translational Psychiatry)
この研究は、
なぜ一部の子どもは思春期にADHD症状が軽減するのに、別の子どもは症状が持続するのか?
という問いに対して、脳内のグルタミン酸(glutamate)という神経伝達物質の発達変化に注目して検討したものです。
🔎 背景
ADHDは子どもの頃に診断されても、
- 思春期に症状が軽くなる(寛解する)ケース
- 成人期まで症状が続く(持続する)ケース
があります。
これまでの研究では、
- 内側前頭前野(medial prefrontal cortex)
- 注意制御
- 自己調整
- 実行機能
に関わる脳領域の発達が重要と示唆されていました。
本研究はさらに踏み込み、
その違いは「グルタミン酸の発達パターン」によるものではないか?
と検討しました。
🧪 研究の方法
👥 対象
- 持続型ADHD:69名
- 寛解型ADHD:20名
- 対照群(ADHDなし):72名
計161名(縦断的に測定)
🧠 測定方法
- *磁気共鳴分光法(MRS)**で
- 内側前頭前野のグルタミン酸濃度を測定
- 一部の参加者では
- *機能的MRI(fMRI)**で脳の機能的結合も評価
📊 主な結果
① グルタミン酸の年齢変化が群によって違う
- 持続型ADHD
- 年齢とともにグルタミン酸が「増加」
- 寛解型ADHD
- 年齢とともに「減少」
- 対照群
- 年齢とともに「減少」
👉 通常は思春期にかけてグルタミン酸は減少していく傾向があるが、
持続型ADHDでは逆に増加していた。
② 脳ネットワークとの関連
グルタミン酸濃度の変化は、
- デフォルトモードネットワーク(DMN)
- 自己内省・内的思考に関わるネットワーク
- 皮質下領域
との機能的結合変化とも関連していました。
👉 グルタミン酸の発達異常が、
脳ネットワークの成熟の違いと結びついている可能性。
🧠 どう解釈できる?
この研究は、
ADHDが「単に症状の強さの違い」ではなく
「神経化学的な成熟パターンの違い」を伴っている可能性
を示しています。
特に、
- 持続型ADHDでは
- 前頭前野の興奮性神経伝達の成熟が通常とは異なる
- それが
- 注意制御や自己調整の持続的困難につながる可能性
が示唆されました。
🎯 研究の意義
この研究は、
- ADHDの経過の多様性を
- 脳内神経伝達物質の発達軌道という観点から説明した
点が重要です。
将来的には:
- 早期に持続型リスクを予測するバイオマーカー
- グルタミン酸系を標的とした治療戦略
につながる可能性があります。
⚠ 注意点
- 観察研究(因果は断定できない)
- サンプル数は中規模
- 未編集原稿(最終校正前)
✨ 一文まとめ
本研究は、持続型ADHDの若者では内側前頭前野のグルタミン酸が思春期に増加するという通常とは異なる発達軌道を示し、この神経化学的成熟の違いが症状の持続と脳ネットワーク変化に関与している可能性を示唆した縦断研究である。
Changes in Intrinsic Activity of the Primary Somatosensory Cortex Causally Explain Differences in Emotion Perception in Autism
🧠 自閉症における「感情の感じ取りにくさ」は、体の感覚の脳活動が関係している?
― 右一次体性感覚野(rS1)の内在的活動に注目したEEG研究(2026年)―
この研究は、
自閉スペクトラム症(ASD)の人が感情を読み取りにくいのは、どの脳の働きの違いによるのか?
を、**脳の因果的なネットワーク解析(Dynamic Causal Modeling)**で検討したものです。
🔎 背景
ASDではしばしば、
- 表情の読み取りが難しい
- 感情の理解が難しい
といった「感情処理の困難」が指摘されます。
しかし最近の研究では、
単に「視覚処理の違い」ではなく、
相手の感情を“身体で感じる”(embodiment)力の違い
が関係している可能性が示唆されています。
たとえば、
- 誰かが悲しそうな顔をしているとき
- 自分の体にも微妙な身体反応(体性感覚・運動準備)が生じる
この“身体的再現”が弱いのではないか、という仮説です。
🧪 研究の方法
👥 対象
- ASD群と定型発達(TD)群
- 合計38名(男女含む)
🧠 実験課題
参加者はEEGを装着しながら:
- 表情から「感情」を判断する課題
- 同じ顔で「性別」を判断する課題
を行いました。
👉 同じ刺激でも、「感情を読む」ときに特有の脳活動が生じるかを比較。
🔬 分析方法
Dynamic Causal Modeling(DCM)を用いて、
以下の領域の「因果的つながり」を検討:
- 右一次体性感覚野(rS1)
- 右二次体性感覚野
- 補足運動野
- 右下前頭回
📊 主な結果
① 感情課題と性別課題の違いは、rS1の内在的活動で説明できる
- 感情を読むときに特有の脳活動変化は
- *右一次体性感覚野(rS1)の“内在的活動変化”**で因果的に説明できた
👉 上位前頭葉からのトップダウン制御ではなく、
rS1そのものの内部活動の変化が鍵。
② ASD群とTD群でrS1の変化パターンが異なる
- ASDでは、rS1の内在的活動の変化が
- TDと有意に異なっていた
👉 「体で感じる」処理の神経ダイナミクスが異なる可能性。
③ アレキシサイミア(感情認識困難傾向)と関連
- rS1の活動変化は
- 個人のアレキシサイミア傾向と有意に相関
👉 感情の感じ取りにくさは、ASDそのものというより
アレキシサイミア特性が媒介している可能性
🧠 どういうこと?
この研究は、
ASDにおける感情理解の困難は
「体性感覚野の内在的活動の違い」によって因果的に説明できる
ことを示しました。
つまり、
- 感情処理の問題は
- 「見る力」の問題というより
- “身体的再現”の神経基盤の違い
に関係している可能性があります。
🎯 研究の意義
この研究の重要な点は:
- 因果モデル(DCM)で検証したこと
- トップダウン制御よりも
- rS1の内在的活動が中心的役割を果たしていることを示したこと
- ASDとアレキシサイミアを区別して考える視点を提示したこと
⚠ 注意点
- サンプルは小規模
- 女性参加者が少ない
- 実験課題は限定的
✨ 一文まとめ
本研究は、自閉症における感情処理の困難が右一次体性感覚野(rS1)の内在的活動の変化によって因果的に説明されることを示し、その違いはアレキシサイミア特性によって媒介されている可能性を明らかにした神経ダイナミクス研究である。
Trends in Parent-Reported ADHD Diagnosis and Treatment Among U.S. Children, 2016-2023
📈 米国のADHD診断は増えているのに、治療は減っている?
― 2016〜2023年の全国調査データ分析 ―
この研究は、**2016年から2023年までの米国の全国調査(National Survey of Children’s Health)**を用いて、
子どものADHD診断率と治療率がどのように変化しているのか?
を分析した大規模疫学研究です。
対象は、3〜17歳の米国の子どもで、保護者報告に基づくデータが使われました。
🔎 研究のポイント
- ADHDと診断された割合の推移
- 薬物治療・行動療法の実施率
- 性別・人種・保険状況などによる違い
- COVID-19前後での変化
を詳細に検討しています。
📊 主な結果
① ADHD診断率は上昇(特にコロナ以降)
- 2016〜2019年:ほぼ横ばい(約8.6〜8.8%)
- 2020年以降:上昇
- 2023年:10.5%
👉 パンデミック以降、診断率が明確に増加。
② しかし治療率は低下
- 全体の治療率:
- 2016年:76.9%
- 2023年:70.8%
特に減少が目立ったのは:
- 薬物治療
- 62.5% → 53.0%
一方で:
- 行動療法はほぼ横ばい
- 47.3% → 48.2%
👉 診断は増えているのに、薬物治療を受ける子どもは減っている。
🧩 サブグループの違い
✔ 診断率が増えたのは:
- アジア系、白人、多民族グループ
- 民間保険加入者
- 軽度・中等度ADHDの子ども
👉 重度ADHDではなく、軽中度の診断増加が中心。
✔ 性別による治療の変化
- 男子:薬物治療が減少
- 女子(特に思春期女子):行動療法が増加
👉 男女差は縮小傾向。
🧠 何が示唆される?
この研究が示す最大のポイントは:
診断と治療の間のギャップが拡大している
ということです。
つまり、
- ADHDと診断される子どもは増えている
- しかし推奨される治療を受けていない子どもも増えている
可能性があります。
🏥 考えられる背景要因
- COVID-19による医療アクセスの混乱
- 医療費・保険問題
- 薬物治療に対する保護者の懸念
- 医療資源の地域差
- 診断基準や認識の変化
🎯 この研究の意義
この研究は、
- 医療アクセスの改善
- 保険制度の整備
- 軽度ADHDへの適切な支援設計
- 性別や人種による不均衡の是正
といった政策・公衆衛生上の課題を示しています。
⚠ 注意点
- 保護者報告データ
- 医療記録ベースではない
- 因果関係は示さない
✨ 一文まとめ
本研究は、米国において2016〜2023年にADHD診断率が上昇する一方で治療率、特に薬物治療率が低下しており、診断と治療のギャップが拡大していることを示した全国疫学研究である。
ADHDを「診断の増加」だけでなく、「治療アクセスの問題」という視点から考える必要性を示した重要な報告です。
Frontiers | Caregiver-Reported Profiles of Child Functioning for Children with Developmental Delays and Disabilities Twenty Months After the Onset of the COVID-19 Pandemic
🦠 コロナ禍から20か月後、発達障害・発達遅延のある子どもたちはどうなっていたのか?
この研究は、COVID-19パンデミック開始から約20か月後に、発達遅延・発達障害(DDDs)のある子どもたちの状態がどのように変化していたかを、保護者報告データから分析したカナダの縦断研究です。
パンデミック初期(3か月時点)の研究では、
- 悪化する子ども
- 比較的安定している子ども
と、多様な経過(トラジェクトリー)があることが示されていました。
本研究は、
ほぼ2年後にはどのようなパターンに分かれていたのか?
そして、何が“レジリエンス(回復・安定)”を予測していたのか?
を明らかにしています。
🔎 研究の概要
- 対象:カナダのDDDsのある子どもを育てる保護者302名
- 調査時期:
- T1:2020年6–7月(パンデミック初期)
- T2:2021年11–12月(約20か月後)
- 分析方法:潜在クラス分析(Latent Class Analysis)
📊 20か月後に見られた4つのパターン
① 🟡 Moderate Stability(中程度の安定)
最も多いグループ(107名)
- 多くの領域で「大きな変化なし」
- 一部に改善も見られる
- 悪化は比較的少ない
👉 ゆるやかな安定層
② 🔴 Worsening(悪化群)
80名
- 改善はほぼ見られない
- 特に悪化した領域:
- メンタルヘルス
- 反復行動
- 睡眠
👉 パンデミックの長期化で困難が持続
③ 🟢 Very Stable(非常に安定)
42名
- すべての領域で安定(100%安定)
👉 強いレジリエンスを示すグループ
④ 🔵 Mental Health and Sleep Improving
73名
- 感覚過敏・メンタルヘルス・睡眠は改善
- しかし:
- 反復行動
- 日常生活スキル
- 問題行動は悪化
👉 「部分的回復」パターン
🧠 何が“良い経過”を予測していたのか?
パンデミック初期(T1)の要因が、20か月後の経過を予測していました。
✔ ① 性別
- 女児は安定・改善群に属する可能性が高い
✔ ② 親の自己効力感(Parenting Self-Efficacy)
- 「自分はうまく子育てできている」という感覚が高いほど、
- 安定群・改善群に属しやすい
👉 親の心理的資源が重要
✔ ③ 学校へのアクセスのしやすさ
- 学校アクセスが容易だった家庭では、
- 安定または改善の可能性が高い
- アクセス困難は改善可能性を下げた
👉 教育環境の継続性がカギ
🎯 この研究の意味
この研究は、
パンデミックの影響は一様ではなく、
「レジリエンスを支える要因」が明確に存在する
ことを示しています。
特に重要なのは:
- 親の自己効力感
- 学校アクセス
という、介入可能な要因がレジリエンスを予測していた点です。
🏥 実践的な示唆
将来的な危機や支援設計において:
- 親支援プログラムの強化
- 家庭への心理的サポート
- 教育アクセスの確保(特に緊急時)
- オンライン支援の質向上
が、子どもの長期的安定につながる可能性があります。
⚠ 注意点
- 保護者報告データ
- カナダ限定
- 因果関係の確定ではない
✨ 一文まとめ
本研究は、COVID-19開始から20か月後の発達遅延・発達障害児の機能経過に4つのパターンが存在し、女児であること、親の高い自己効力感、そして学校へのアクセスの良さがレジリエンスを予測する重要因子であることを示した縦断研究である。
パンデミックは終わっても、「レジリエンスをどう育てるか」という問いは今後の支援設計に直結する重要テーマです。
Distinct Parental Stress Architectures: A Network Comparison of Posttraumatic and Work‐Related Stress in Mothers and Fathers of Children Newly Diagnosed With ASD
👨👩👧 ASD診断直後の親は、どんなストレス構造を抱えているのか?
この研究は、子どもがASD(自閉スペクトラム症)と診断されてから1年以内の母親・父親が経験するストレスの構造を比較した研究です。
特に注目したのは:
- 診断に伴う心的外傷後ストレス症状(PTSS)
- 仕事関連ストレス
- そしてそれらがどう“つながっているか”
という点です。
従来の研究は「ストレスが高いか低いか」を見ることが多いですが、本研究はネットワーク分析という方法を使い、症状同士のつながり(構造)を比較しました。
🔎 研究の概要
- 対象:サウジアラビアの150家族(母150人・父150人)
- 子どもは診断後12か月以内
- 測定内容:
- PTSS(IES-R)
- 仕事関連ストレス(8項目尺度)
- 方法:症状ネットワーク分析+母父比較
📊 主な結果
① 母親と父親では「ストレスの構造」が異なる
- 全体のネットワーク構造は有意に異なっていた(p=0.003)
- ただしストレス総量(全体的な強さ)は同程度
👉 「どの症状が中心になるか」が違う
🧠 母親のストレス構造
母親では、PTSSと仕事ストレスをつなぐ“橋渡し症状”として:
🔸 睡眠困難
🔸 診断体験について話すことの回避
が重要な役割を果たしていました。
仕事面では:
- スキルが活かされていない感覚
- 仕事と家庭の干渉(work–family interference)
が関連していました。
👉 母親では「睡眠」と「回避」がストレス拡大のハブになりやすい。
🧠 父親のストレス構造
父親では:
🔸 仕事での影響力・コントロールの低さ
🔸 診断体験を話すことの回避
が主要な橋渡しノードでした。
さらに:
- 仕事と家庭の干渉
- 評価・報酬不足
も関連していました。
👉 父親では「職場でのコントロール感の低さ」が重要。
🧩 共通点と相違点
共通
- PTSSと仕事ストレスは独立しているが相互に影響する
- 「仕事と家庭の干渉」は両親に共通する橋渡し因子
- 診断体験の回避も共通
相違
- 母親 → 睡眠が中心
- 父親 → 仕事のコントロール感が中心
🎯 何が重要か?
この研究は、
ストレスの「量」よりも「構造」を理解することが重要
であることを示しています。
支援は一律ではなく:
- 母親 → 睡眠支援・トラウマケア
- 父親 → 職場サポート・役割調整
- 両親 → 仕事–家庭のバランス支援
という役割特異的アプローチが有効かもしれません。
🏥 実践的示唆
- トラウマ・インフォームド支援
- オープンな語りの促進
- 睡眠介入(母親)
- 職場コントロール感の向上(父親)
- 家族内コミュニケーション支援
⚠ 注意点
- 横断研究(因果は不明)
- サウジアラビア文化圏限定
- 自己報告データ
✨ 一文まとめ
本研究は、ASD診断直後の親においてPTSSと仕事ストレスが相互に関連するネットワーク構造を持ち、母親では睡眠困難、父親では仕事のコントロール感の低さがストレス拡大の主要な橋渡し因子となることを示した研究である。
親支援を考える際、「母と父ではストレスの構造が違う」という視点が重要であることを示しています。
