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歴史から紐解くADHD、概念誕生から現在の最新事情まで詳解【詳解ADHD】

· 約11分

近年ではニュースやSNSでADHDという単語がよく使われるようになり、療育や発達障害児支援に携わっていない人々の間でもそのワードを耳にしたことがある、知っているという人が増えてきました。

はじめに

近年ではニュースやSNSでADHDという単語がよく使われるようになり、療育や発達障害児支援に携わっていない人々の間でもそのワードを耳にしたことがある、知っているという人が増えてきました。

一方でその名称だけが先んじて広まってしまったという側面もありADHDの実態や定義、これまでの歴史に関してはまだまだ十分に知られているとは言い難いのではないでしょうか?

今回は既にご存知の方も、これから理解していきたいという方にも楽しんで読んでいただけるようADHDの過去、現在、未来に関して詳解します。

ADHDとは

ADHDとは、Attention(注意)Deficit(欠陥)Hyperactivity(多動)Disorder(障害)の頭文字をとった、発達障害のひとつです。

日本語では、注意欠陥・多動性障害とも言われます。年齢に応じて、言葉や行動に不注意や多動・衝動性といった特徴的な症状が見られます。

推定で子供の8.4%、大人の2.5%がADHDの症状があり、男性と女性での発症比率は2:1と男性の方が発症しやすいと言われています。

ADHDの歴史

CHADDがまとめた記事によると、ADHDと思われるものについて最初に言及したのは、なんと古代ギリシアで活躍し、現代医学の父とも呼ばれるヒポクラテスでした。

CHADD:正式名称Children and Adults with Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder. 1987 年に設立された ADHD を有する者とその家族のための全米で一番大きな非営利団体

それ以降、ADHDは様々な定義を経て現在の概念を形成してきました。医学的診断基準が確立する前の病患概念、DSMとICD以前の病患概念、DSMとICDの病患概念にわけて歴史を追っていきましょう。

以下注意欠如・多動症概念の形成に関する一検討Who says this is a modern disorder? The early history of attention deficit hyperactivity disorderより引用

医学的診断基準が確立する前の病患概念

1775年 Melchior Adam Weikard 「不注意」”Attention Deficit”(“Mangel der Aufmerksamkeit”) 病患概念として医学的に初めて記載しました。自身の教科書の中でADHD様症状の不注意を呈する症例について記述しています。

1789年 Alexander Crichton 「注意の病気」”Disease of attention”’Mental Restlessness’にて報告しています。

1812年 Benjamin Rush 「注意を向けることの不安定さが関与する症候群」”A syndrome involving inability to focus attention”

1848年 Charles West 「神経質な子供」”The nervous child”

1859年 Heinrich Neumann 「変成」”Hypermetamorphosis”

1885年 Désiré-Magloire Bourneville 「精神不安定」”Mental instability”

1892年 Thomas Clifford Albutt 「不安定な神経系」”Unstable nervous system”

1899年 Thomas Smith Clouston 「単なる異常興奮性」”Simple hyperexcitability”

余談ですが、1844年ドイツの医師ハインリヒ・ホフマンは、ADHDの症状を持つ子どもを描いた絵本を制作しています。

『もじゃもじゃペーター』著ハインリヒ・ホフマン

https://honto.jp/netstore/pd-book_00366352.html

DSMとICD以前の病患概念

1902年 George Frederic Still 「道徳的統制の欠如と抑制意志の欠陥」

1908年 Alfred F.Tredgold  「心理的欠陥」の中で反社会的行動について考察

1917~1918年 エコノモ脳炎の後遺症研究者 「脳炎後の行動障害」として考察

1942/1947年 Strauss  「脳損傷児「brain-injured child」の概念を提唱

1957年 Laufer  「多動症的衝動障害」として考察

1959年 Knoblock,Pasamanick  「微細脳損傷:minimal brain dysfunction(MBD)」という概念を提唱

1960年 Chess  「多動症候群(The hyperactive child)」として考察

1962年 小児神経学領域国際研究グループ  「微細脳機能障害:minimal brain dysfunction」という概念を提唱

DSMとICDの病患概念

DSM:米国精神医学会が精神障害の診断・治療を体系的に記述した国際的診断基準

ICD:世界保健機関(WHO)が死亡原因の調査や疾病データの体系的記録と分析のために作成した医学分類

1968年 DSM-Ⅱ  児童期の多動性反応(病患概念として初めて登場) 下位項目:多動が前面の分類

この時点では、子供たちに落ち着きのなさや気を散らすものを引き起こすと考えられていました。また青年期までに治る、あるいは軽減すると信じられていました。

1977年 ICD-9  児童期の多動症候群として初めて概念化 下位項目:多動が前面の分類

1980年DSM-Ⅲ  通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害。注意欠陥障害の中で、1)多動を伴うもの、2)多動を伴わないもの、3)注意欠陥障害残遺型を規定。 下位項目:不注意が前面の分類 この時点でADHDの状態・症状についての理解が深まったと言えます。しかしまだこの当時はADHDとは呼ばれておらず、APA(アメリカ精神医学会)は、多動性の有無にかかわらず、注意欠陥障害(ADD)と名付けていました。

1987年 DSM- Ⅲ-R  行為障害、反抗挑戦性障害とともに破壊的行動障害の中の位置づけ。1)注意欠陥多動性障害、2)識別不能型注意欠陥障害を規制。14項目の症状リスト。 下位項目:不注意、衝動性、多動を区別しない ここで名称がADDからADHDに変更されました。

1992年 ICD-10  小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害。その中の多動性障害として1)不注意、2)過活動、3)衝動性を規定。

・症状の該当項目:不注意症状は6/9項目、過活動は3/5項目、衝動性は1/4項目で該当

1994年 DSM-Ⅳ  2000年 DSM-Ⅳ-TR 注意欠如および破壊的行動障害。その中の注意欠陥/多動性障害として1)不注意優勢型、2)多動ー衝動性優勢型、3)混合型の下位項目に分類。

・症状の発現:「7歳未満」

・症状の該当項目数:「6項目」

ASDと併存の場合は自閉症を優先的に診断(ASDをADHDの上位概念、対立概念として捉える) この時点でADHDの診断や症状の細分化が明確になりました。 ADHDの症状は、不注意優勢型、多動衝動優勢型、2つの型両方の症状が現れる複合型の3種類に分けられました。

2013年 DSM-5  神経発達症/神経発達障害。その中の注意欠如・多動症として

・症状の発現:「12歳未満」に変更

・症状の該当項目数:「17歳以上は5項目」に軽減

自閉症スペクトラムとの併存を認める

まとめ

今回の記事ではADHDの歴史に関して詳解しました。1775年には「不注意」として記述されていたものが、2020年にはADHDという発達障害のひとつとして分類・定義されるまでには多くの研究や発見があったのだと改めて実感することができます。

ADHDに関してはまだまだ明らかになっていないものも多いですが、今後ますます研究が進んでいくことが予想されます。

最新のADHDに関する情報や研究などを引き続きウォッチし、記事を更新していきますので、見逃さないようぜひニュースレターのご登録をお願いいたします!