読み書き能力の欠如ではなく、差別構造から捉え直すディスレクシアの解釈
本ブログでは、自閉スペクトラム症(ASD)、ADHD、学習障害、知的障害を持つ子どもや若者に関する最新の研究を紹介しています。具体的には、不安や睡眠障害に対する認知行動療法の効果、自己傷害行動の実態と支援 、運動習慣の形成、言語障害とカウンセリングの適応、診断格差や移民背景による支援の違い、VR/ARを用いた教育実践、そしてアイデンティティや宗教性に関する自己理解の研究など、多面的な視点から発達特性と日常生活・社会参加のつながりを探ります。支援者・研究者・当事者の視点を通じ、より包括的で実践的な理解を目指しています。
学術研究関連アップデート
“Why Would Someone like Me with DLD Want to Sit in a Room and Talk? How Would that Make Me Feel Better?!” Developmental Language Disorder and the Language Demands of Cognitive Behaviour Therapy
この論文は、「ことばの発達に困難がある子どもたち(発達性言語障害:DLD)に、言葉を使う心理療法である認知行動療法(CBT)はどう使えるのか?」という問いに取り組んでいます。
🔍 背景と問題意識
- DLD(Developmental Language Disorder)は、**全児童の約7%**に見られる言語発達の障害で、日常会話や学習、感情表現が難しくなることがあります。
- 一方、認知行動療法(CBT)は、言葉を通じて考え方や感情・行動を見直す心理療法であり、「言語能力」が不可欠な前提となっています。
- そのため、DLDのある人にとってCBTは使いづらい、効果を得にくい可能性があるという課題があります。
📘 論文の目的と内容
この研究では以下の3点に焦点を当てています:
- CBTに必要な言語スキルとはどのようなものかを明らかにする
- *言語の枠組み(framework)**を用いて、CBTがどれだけ言語依存かを分析する
- DLDやその他の言語困難を抱える人でも**CBTを受けやすくする工夫(アクセシビリティ戦略)**を提案する
💡 総括:
この論文は、DLDのある子どもや若者がCBTから疎外されることなく、効果的な支援を受けられるためには、心理士や支援者が「ことばの負荷」に配慮することが必要であると主張しています。たとえば、視覚的支援の活用、単語の簡素化、応答方法の工夫などが有効とされます。
DLDに限らず、言語的ニーズを持つ発達障害当事者全般に役立つ視点として、心理支援の現場での重要な指針を提供する論文で す。
Effectiveness of a cognitive-behavioral sleep hygiene intervention for adolescents with ADHD: a randomized controlled trial
この論文は、**ADHD(注意欠如・多動症)のある10代の若者に対して、睡眠の質を改善するための認知行動療法(CBT)ベースの新しい睡眠習慣改善プログラム「SIESTA」**が効果を持つかを検証したものです。
🔍背景と目的
ADHDのある10代は、寝つきの悪さや睡眠不足、昼夜逆転などの睡眠の問題を抱えやすく、これが学業やメンタルヘルスにも悪影響を及ぼします。この研究では、「SIESTA」プログラムが本当に役立つのかをランダム化比較試験(RCT)によって検証しました。
🧪研究の概要
- 対象: ADHDと睡眠問題を持つ10代(平均年齢14.4歳)92名
- 方法:
- SIESTA+通常のADHD治療(TAU)を受けたグループ
- 通常のADHD治療(TAU)のみを受けたグループ
- 評価方法:
- 本人と保護者によるアンケート
- 睡眠記録(睡眠日誌)とアクチグラフィー(腕時計型の睡眠測定器)
- 測定タイミング: 介入前、介入後、4ヶ月後
✅主な結果
- SIESTAを受けたグループでは、睡眠習慣、慢性的な睡眠不足、睡眠に関連した問題行動が有意に改善
- ただし効果量は小さめ(例:睡眠習慣の改善 d = 0.21)
- アクチグラフィーでは有意差なし(両グループとも改善傾向)
- うつ症状もSIESTA群でやや改善
- 4ヶ月後も一部の効果は持続していたが、さらなる維持には**「フォローアップ(ブースター)セッション」が必要**かもしれない
💡総括
この研究は、ADHDのある10代の睡眠と気分の改善において、「SIESTA」プログラムが一定の効果を示すことを明らかにしました。特に、本人や保護者が実感する「眠りの質」や「習慣の改善」に役立つことが示唆されます。今後は、効果の長期維持や客観的な睡眠改善を目指して、継続的支援の工夫が求められます。
Rate differences in referrals and diagnostic outcomes of neurodevelopmental disorders between children with native and migrant backgrounds: a retrospective cohort study
この研究は、アイスランドにおける「移民の子ども」と「ネイティブの子ども(両親がアイスランド出身)」の間で、神経発達症(NDDs)の診断に関する紹介(リファーラル)率や診断結果に違いがあるかどうかを、全国データベースを用いた後ろ向きコホート研究によって調べたものです。
🔍研究のポイント:
- 対象: 2014〜2018年の間にNDD(ASD、知的障害、運動障害など)疑いで新規紹介された1,367名の子どもたち
- うち31.6%が「移民バックグラウンド(少なくとも1人の親が外国出身)」
- 特に**6歳未満・男子・第二世代移民(両親が外国出身で本人はアイスランド生まれ)**において、紹介率が高かった
✅主な結果:
- 紹介率: 移民の子どもは、ASD、知的障害、運動障害(例:脳性まひ)などの診断目的で紹介される割合が全体的に高かった
- 診断結果:
- 言語障害(SLD)の診断率が一貫して高く、すべての年度で有意差あり
- ASDの診断率も高い傾向が見られた(5年中3年で有意差あり)
- ただし、知的障害や言語障害を除くとASD単体での差は見られなくなった
- 知的障害の診断は1年だけ有意差あり、脳性まひでは差なし
💡総括:
この研究は、移民バックグラウンドのある子どもが、神経発達症を疑われて専門機関に紹介される率が高いことを明らかにしました。特に、言語の遅れやASDの診断率が高い傾向にあります。これは「見逃されていない」という点ではポジティブですが、一次支援レベルでのサポートが不十分で、専門機関への負担が増えている可能性を示唆しています。今後は、言語や文化的背景に配慮した早期支援の整備が、子どもたちの福祉向上と支援体制の効率化につながると考えられます。
Differential Levels of Caregiver Burden Among Parents of Adults With Autism
この研究は、**成人期に達した自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもを持つ50歳以上の親(=高齢のケアラー)**を対象に、介護負担(ケアギバー・バーデン)の違いが、健康・生活の質(QOL)・サポート環境にどう関係しているかを調べたものです。
🔍背景と目的:
多くの親が、子どもが成人しても引き続き日常的なケアを担い続けており、その負担は高齢になるほど深刻になります。しかし、これまでの研究は主に幼少期のASD児の親に焦点が当てられており、高齢の親に関する実態はあまり知られていません。
この研究では、介護負担の程度によって、親の健康状態・QOL・支援体制がどう異なるかを明らかにすることを目的としています。
🧪方法:
- 対象:成人ASDの子を持つ50歳以上の親320人
- 調査項目:親の健康状態・QOL(生活の満足度)・非公式サポート(家族や友人など)・公式支援(福祉サービスなど)の利用状況
- 手法:介護負担のレベル(低・中・高)でグ ループを分けて比較
✅主な結果:
- 介護負担が低い親ほど、健康状態が良く、QOLも高く、身近な人の支援(非公式サポート)も多かった
- 一方で、負担が高い親ほど、健康やQOLが低く、非公式な支援が少なく、公式支援に頼る割合が高かった
- 統計的にも有意な差があり、介護負担が多いと生活全体にネガティブな影響が及ぶことが示された
💡総括:
この研究は、高齢の親が成人したASDの子どもを長期的にケアし続けることによる心身の負担が深刻であることを明らかにしています。特に、非公式サポート(家族・友人など)に恵まれない親ほど、生活の質が下がり、公式支援への依存が増える傾向が見られました。
今後は、看護師や福祉関係者がこうした高齢ケアラーの存在を意識し、年齢やライフステージに応じた支援体制を整えることが重要であると示唆されます。
From awareness to action: Facilitators and advocacy in healthcare by autistic adults
この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある成人が医療サービスを利用する際に直面する課題と、それを乗り越えるための要因(ファシリテーター)や自己 advocacy(自己主張)の役割を明らかにしようとしたものです。
🔍 研究の背景と目的
ASDのある成人は、精神的・身体的な健康課題を抱えることが多く、継続的な医療支援が必要です。しかし、実際には以下のような多くの制度的障壁が存在します:
- 医療従事者のASDへの理解不足
- 必要な配慮がなされない医療環境
- ASDの特性に合わない診察手順やコミュニケーション様式
そのため、この研究では、
-
医療アクセスを助けた要因(ファシリテーター)
-
自己アドボカシー(自身のニーズを自ら伝える行為)の影響と育成方法
に注目し、15人のASD当事者に質的インタビューを行いました。
✅ 主な結果(当事者の声に基づく)
医療アクセスを助けた要因(ファシリテーター):
- 家族・支援者などの非公式な支援
- ASDに理解のある医療従事者
- 診察手順や環境への柔軟な配慮・対応(例:待合室での音や照明への配慮)
自己アドボカシーに関する気づき:
- 「自分のニーズを言葉で伝える力が医療体験を大きく左右する」
- 「自己主張のスキルは訓練や経験から徐々に培われた」
- 「支援者やわかりやすい資料が、自己主張の助けになった」
💡 まとめと意義
この研究は、ASD当事者の視点から見た“よい医療アクセス”の条件と、その実現における自己アドボカシーの重要性を明らかにしました。
とくに、
-
医療者側のASDへの知識と柔軟な対応力の向上
-
当事者が自己主張をしやすくなる環境づくり
が鍵であると示されています。