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1990年から2021年にかけた世界・東アジア・東南アジア地域のASD負担の動向と将来予測

· 約7分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、自閉スペクトラム症(ASD)やADHDに関する最新の学術研究を紹介しています。具体的には、イランの家系を対象にASDの新規遺伝子変異を特定した遺伝学研究、血液バイオマーカーとAIを組み合わせて高精度のASD診断を実現したモデル開発、ADHD症状を持つ子どもにおける「肯定的感情の反応性」と社会的困難の関連を示した研究、そして1990年から2021年にかけた世界・東アジア・東南アジア地域のASD負担の動向と将来予測を行った大規模疫学調査が取り上げられています。いずれの研究も、ASDやADHDの理解を深めるとともに、早期診断・介入、支援資源の公平な配分、そして個別化医療の実現に向けた重要な示唆を提供しています。

学術研究関連アップデート

Genetic Heterogeneity of Autism Spectrum Disorder: Identification of Five Novel Mutations (RIMS2, FOXG1, AUTS2, ZCCHC17, and SPTBN5) in Iranian Families via Whole-Exome and Whole-Genome Sequencing

本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の複雑な遺伝的背景を解明するために、イランの4家系を対象に全エクソーム解析(WES)、全ゲノム解析(WGS)、比較ゲノムハイブリダイゼーション(aCGH)を用いて実施されました。その結果、これまで報告のなかった5つの新規遺伝子変異が同定されました。具体的には、RIMS2における大規模欠失(発達遅滞と視覚異常を伴う7歳男児)、FOXG1のナンセンス変異(レット症候群様の特徴を示す6歳女児)、AUTS2のスプライス部位変異(ASDとADHDを併発する10歳女児)、さらにZCCHC17とSPTBN5の変異(ASDを持つ兄弟)です。これらの変異は、いずれもタンパク質の切断や異常スプライシングを引き起こし、病態との関連性が強く示唆されました。加えて、in silico解析や構造モデリングによる病原性の裏付け、家系内での遺伝形式確認も行われています。本成果は、ASDの「遺伝的多様性(genetic heterogeneity)」を浮き彫りにし、個別化医療や早期診断の実現に向けて重要な知見を提供するものであり、ASD支援の新たな基盤づくりに貢献すると期待されます。

Artificial intelligence-based diagnostic model for autism spectrum disorder using blood biomarkers

本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の早期診断を支援するAIベースの診断モデル「ASA(Automatic Screening Autism)」を提案したものです。ASDは遺伝的要因が強く関与する一方で、早期発見がその後の療育や支援の質に大きく影響するため、迅速かつ正確な診断法の開発が求められています。ASAシステムは3段階で構成されており、まず血液バイオマーカーのデータを前処理(欠損値処理・外れ値除去)し、その後「改良型遺伝的アルゴリズム(IGA)」による特徴選択を行います。このアルゴリズムは情報利得(IG)を用いた事前選別と、遺伝的アルゴリズム(GA)による最終選択の二段階で重要な特徴量を抽出する仕組みです。最後に、選ばれた特徴を入力として「最適化ディープニューラルネットワーク(ODNN)」による分類を実施します。ODNNは従来のDNNに複数の最適化アルゴリズムを適用し、最も性能の高いモデルを採用することで精度を高めています。実験結果では、ASAは従来手法を上回り、精度99.10%、適合率98.90%、感度98.70%、F値98.80%と極めて高い診断性能を示しました。この研究は、血液検査とAIを組み合わせたASDの自動スクリーニングが実現可能であることを示しており、今後の迅速で非侵襲的な診断ツール開発や、臨床現場での導入に向けた大きな一歩といえます。

Beyond Negative Emotions: Positive Emotion Reactivity and Social Impairments in Children with and without Elevated ADHD Symptoms

本研究は、これまで「否定的感情の調整困難」に焦点が当てられてきた青年期の社会的困難に関する研究に新たな視点を加え、「肯定的感情の反応性」が社会的機能にどのような影響を及ぼすかを検討したものです。対象は9〜13歳の子ども186名(47%が女子)で、その中にはADHD症状が高い群も含まれています。調査は、親の報告による子どもの否定的・肯定的感情反応性の評価、親と教師の両方からのADHD症状の評価、そして教師の報告による社会的機能(社会的受容、攻撃性、被害経験、向社会的行動)の評価を通じて行われました。その結果、肯定的感情の反応性は否定的感情の反応性とは独立して、ADHD症状や社会的困難と関連していることが明らかになりました。さらに、ADHD症状が高い子どもにおいては、肯定的感情の反応性が強いほど、身体的攻撃性や被害経験、社会的受容の低さといった社会的問題が顕著にみられることが示されました。これは、従来見過ごされがちであった「ポジティブな感情の調整困難」も、特にADHDのある子どもたちにおける社会的適応の鍵となることを示唆しています。研究は、今後の支援や介入において「肯定的感情の過剰な反応」にも目を向ける必要性を強調しています。

Burden and inequality of autism spectrum disorders in global, East asian, and Southeast Asian regions, 1990–2021: result from the global burden of disease study 2021 - BMC Public Health

本研究は、1990年から2021年までの自閉スペクトラム症(ASD)の負担と不平等を、世界・東アジア・東南アジアの各地域で分析したもので、今後2050年までの動向も予測しています。ASDは行動の特異性を特徴とする発達障害の一群であり、しばしば他の発達障害を併存しますが、東アジア・東南アジアにおける負担の実態研究は不足していました。本研究では地域・国・年齢・性別ごとに解析を行い、社会人口学的指標(SDI)を用いてASD負担との関連を検証し、不平等の構造を明らかにしています。結果として、ASDの負担は世界的に増加傾向にあり、日本は特に高い負担を示しました。また、女性は男性よりも高い負担を経験しやすく、若年層ほど有病率が高いことが明らかになりました。さらに、SDIが高い国ほどASD負担は大きい一方、発症率はSDIの低い国で高いという二重構造が示され、健康格差の存在が浮き彫りになりました。結論として、ASDの負担は東アジア・東南アジアを含む全世界で今後も増え続け、2050年まで上昇が予測されています。本研究は、社会経済的背景に応じた早期診断体制の整備や支援資源の公平な配分が喫緊の課題であることを示唆しており、特に高SDI国と低SDI国の格差解消が今後の重要なテーマとなると考えられます。