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医学生におけるADHD有病率の大きな幅と評価法・環境要因の影響をまとめた系統的レビュー

· 約20分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事は、発達障害研究の最新知見を横断的に紹介しています。具体的には、ASDの遺伝リスク座位が腸内細菌—免疫—脳軸を介して遺伝子発現・エピゲノムを調整しうることを多層オミクスで示した研究、前思春期一般集団で自閉傾向・精神病様体験・共感性の結びつきをネットワーク解析で可視化した研究、ADHD児の聴覚注意低下が聴覚皮質ネットワーク異常と関連する神経機序、ASD・ADHD児で出生時胎盤の血管成長因子(VEGF/PLGF系)の失調がみられるという胎盤—脳軸の示唆、世界17か国の医学生におけるADHD有病率の大きな幅と評価法・環境要因の影響をまとめた系統的レビュー、そしてASD児が高速条件の視覚—運動統合課題で特異的に誤差増大を示し症状重症度と関連することを示した行動バイオマーカー研究を取り上げ、遺伝子から胎内環境、神経回路、行動指標、教育現場の支援ニーズまでを一気通貫で俯瞰しています。

学術研究関連アップデート

Multi-omics reveals cross-tissue regulatory mechanisms of autism risk loci via gut microbiota-immunity-brain axis - AMB Express

腸内細菌―免疫―脳軸をまたぐ“遺伝子→機能”の道筋を多層データでつないだ最新研究(AMB Express, 2025)

こんな人に:ASDの遺伝リスクが「腸内細菌叢」「免疫」「脳機能」とどう結びつくのか、分子〜組織横断での因果メカニズムを知りたい研究者・臨床家。

何をした?

4コホートGWASのメタ解析に、PPS(Polygenic Priority Score)、脳部位・脳細胞のeQTL濃縮、脳cis-eQTL/mQTLのSMR473種の腸内細菌に対する双方向MR血液eQTLのSMRを統合。遺伝子変異→腸内細菌→免疫経路→脳遺伝子発現という“臓器横断の因果鎖”を多 omics で検証。

主な発見

  • rs2735307、rs989134などが多面的に有意。

  • これらの座位は、腸内細菌叢の構成に影響し、T細胞受容体シグナル活性化好中球NETs形成などの免疫経路を介して、

    • 脳ではHMGN1、H3C9Pcis制御

    • さらにBRWD1、ABT1メチル化変化を伴う発現制御

      へと連なり、腸内細菌―免疫―脳クロスティッシュ調節を示唆。

  • 遺伝(SNP)→微生物→免疫→脳遺伝子発現という**多階層の“証拠チェーン”**を構築。

何が新しい?

ASDリスク座位の「機能的行き先」を単一組織ではなく腸内環境と免疫を経由して脳へ至る規定性として描き出した点。関連の観察を超え、MR/SMRで因果方向を補強しているのが強み。

限界

観察データ統合ゆえ残余交絡の可能性や、菌種・免疫・脳発現の同一個体内での同時測定がない点は今後の課題。実験的検証コホート再現が必要。

実務・研究への示唆

  • 精密医療:腸内細菌や免疫経路を標的にしたサブタイプ別介入の理論基盤に。
  • バイオマーカー:遺伝×腸内×免疫×脳発現の多層合成指標設計に道。
  • 治療開発TCRシグナル/NETs関連の調節やマイクロバイオーム介入の候補探索を加速。

Autistic traits, psychosis proneness, and empathy in preadolescents: A network analysis

前思春期における自閉傾向・幻覚傾向・共感性の関係を「ネットワーク解析」で解明した研究(Scientific Reports, 2025年)

論文タイトルAutistic traits, psychosis proneness, and empathy in preadolescents: A network analysis

著者:Umer Jon Ganai

掲載誌Scientific Reports, 2025年10月29日公開(オープンアクセス)


🧠研究の背景

自閉スペクトラム症(ASD)と統合失調症スペクトラム(精神病傾向)は、一見異なる障害に見えますが、

  • *社会的認知(social cognition)共感性(empathy)**の特性において重なる部分があることが知られています。

両者の特性は「連続体上に存在する(dimensional)」という観点から、

一般集団の中でも 自閉傾向(autistic traits)精神病様体験(psychotic-like experiences, PLEs) の関係性が注目されています。

本研究は、前思春期(9〜11歳)の大規模一般サンプルを対象に、

これら3つの構成要素(自閉傾向・精神病傾向・共感性)の関係をネットワーク解析で可視化しました。


🧩研究デザイン

項目内容
データソース米国の全国的縦断研究 Adolescent Brain Cognitive Development(ABCD)Study
参加者9,214名(平均年齢:9〜11歳、男子4,850名)
評価尺度- 自閉傾向:Social Responsiveness Scale-2 (SRS-2) 短縮版- 精神病傾向:Prodromal Questionnaire – Brief Child Version(幻覚・妄想・誇大型妄想)- 共感性:標準化された共感性スコア
解析手法- Gaussian Graphical Model(GGM) による双方向ネットワーク解析- Directed Acyclic Graph(DAG) による因果方向推定- 性別別ネットワーク解析 で男女差を探索

🔍主要な結果

観点主な発見
共感性と自閉傾向の関係共感性が高いほど、社会・コミュニケーション困難や反復行動傾向が低い(負の関連)
共感性と精神病傾向の関係共感性が高いほど、誇大型妄想(grandiose delusions)傾向が低い
自閉傾向と精神病傾向の関係自閉傾向が高いほど、幻覚・妄想への苦痛度(distress) が高い(正の関連)
ネットワーク中心性(centrality)**幻覚(hallucinations)**がネットワーク内の“ハブ”として最も中心的要素に位置
性差男女でネットワークの結合構造に微妙な違い(例:女子は共感性ノードの影響がやや強い)

🧩考察

  • 共感性の低下は、自閉傾向と精神病傾向の両方に共通する社会的脆弱性を示唆。
  • 幻覚の中心性は、発達早期における精神病リスクマーカーとしての意義を示す。
  • ASD的特徴と精神病的特徴は独立ではなく、社会的認知ネットワーク上で部分的に連結している。
  • 共感性の強化が、発達早期の社会的適応・精神的健康を支える保護因子になりうる。

🧮意義と展望

  • 「連続体モデル」(autism–psychosis continuum)を支持する大規模実証。

  • ネットワーク科学的アプローチにより、単一症状間の因果関係を可視化。

  • 教育・臨床現場では、共感性育成プログラム社会的認知トレーニングの導入が、

    発達初期の精神的健康維持に寄与する可能性。


まとめ

本研究は、前思春期の大規模データをもとに、ASD傾向・精神病傾向・共感性の複雑な関連構造を初めて体系的に明らかにした重要な成果です。

Altered auditory attention and functional connectivity in the auditory cortex of children with Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder - BMC Psychiatry

注意欠如・多動症(ADHD)児における「聴覚注意」と聴覚野ネットワーク異常を結ぶ神経的メカニズム――BMC Psychiatry, 2025年

論文タイトルAltered auditory attention and functional connectivity in the auditory cortex of children with ADHD

著者:Mengjie Zhang ほか(中国・複数研究機関)

掲載誌BMC Psychiatry, 2025年10月29日(オープンアクセス)


🎧研究の背景

ADHDの子どもは、視覚だけでなく聴覚的な注意制御(auditory attention)にも困難を示すことが知られています。

しかし、「聴覚注意の低下」が脳内のどの神経ネットワークの異常と関連しているかは十分に解明されていません。

本研究は、ADHD児の**聴覚注意課題のパフォーマンスと聴覚野の機能的結合(Functional Connectivity: FC)**の関連を直接検証した初の報告です。


🧠研究目的

  • ADHD児における聴覚注意能力の低下と、

    聴覚皮質および関連領域のFC異常の関連を明らかにすること。

  • 聴覚注意障害の**神経的基盤(neurophysiological basis)**を特定すること。


研究デザイン

項目内容
対象未服薬のADHD児42名、健常対照36名(いずれも小児)
課題IVA-CPT(Integrated Visual and Auditory Continuous Performance Test):視覚・聴覚の注意・応答抑制を評価する課題
評価臨床症状評価(ADHD症状スコア)+神経心理検査
脳画像解析安静時fMRIを用いたseed-based functional connectivity(種領域ベースFC)解析
主な解析部位聴覚皮質(Heschl’s gyrus, planum temporale/polare, superior temporal gyrus, insula, cerebellumなど)

🔍主要な結果

観点ADHD群 vs 対照群の比較
課題成績ADHD群は聴覚注意課題で有意に低成績(集中の維持が困難)
機能結合の低下(↓FC)- 島皮質(insula)–右planum polare–両側小脳- 左Heschl’s gyrus–右insula–左上側頭回- planum temporale–右insula
機能結合の増加(↑FC)- 右Heschl’s gyrus–上前頭回(superior frontal gyrus)- 両側中前頭回(middle frontal gyrus)–右縁上回(supramarginal gyrus)–右planum temporale
相関関係聴覚注意成績の低さは、特定の聴覚野間の結合低下と有意に関連

🧩考察

  • ADHD児の**聴覚野機能結合の異常(とくに島皮質・上側頭回との連携低下)**が、聴覚注意の障害に直結している可能性。
  • 一方で、前頭葉との結合強化は**代償的ネットワーク活性化(compensatory mechanism)**を反映している可能性も。
  • 聴覚注意は学習や社会的コミュニケーションに重要な基盤であり、これらのネットワーク異常が教室環境などでの聞き取り困難や指示理解の問題につながると考えられる。

💡臨床・研究的意義

  • ADHD児の聴覚注意障害は、単なる行動上の不注意ではなく、聴覚野と前頭葉・島皮質を含む神経ネットワークの異常に根ざしている。
  • この結果は、ニューロフィードバックや**非侵襲的脳刺激(tDCS, TMSなど)**による介入ターゲットの特定に寄与。
  • 教育現場では、「聞くことの困難さ」を理解し、聴覚刺激の整理・明瞭化を支援する重要性が示唆される。

まとめ

ADHD児は、聴覚注意課題の遂行能力低下とともに、聴覚皮質および関連領域の機能的結合異常を示す。

とくに島皮質・小脳・上側頭回ネットワークの結合低下が中心であり、これらが聴覚的注意制御の神経基盤である可能性が高い。

本研究は、ADHDの理解を「行動特性」から「神経ネットワーク異常」へと拡張する重要な一歩であり、個別化治療・神経調節介入の基盤となる知見を提供している。

Frontiers | Dysregulated levels of proangiogenic proteins in the placentas of children with autism spectrum disorder and attention-deficit hyperactivity disorder

胎盤の血管成長因子にみられる異常がASD・ADHDの発達リスクに関与?――胎盤‐脳軸の可能性を示した先駆的研究(Frontiers, 2025年)

論文タイトルDysregulated levels of proangiogenic proteins in the placentas of children with autism spectrum disorder and attention-deficit hyperactivity disorder

著者:Carlos Alonso Escudero ほか(University of the Bío-Bío/チリ)

掲載誌Frontiers in Neuroscience(査読済み受理・最終版公開予定)


🧠研究の背景

胎盤は、胎児への酸素・栄養供給を担う生命維持装置であり、

その**血管形成(angiogenesis)**が胎児脳の発達に深く関与すると考えられています。

しかし、**胎盤の血管成長因子(proangiogenic proteins)**と

自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)などの神経発達障害との関係は、

これまでほとんど明らかにされていませんでした。

本研究は、出生後にASDまたはADHDと診断された児の胎盤サンプルを分析し、

その血管成長関連タンパク質の異常を世界で初めて比較検討したパイロット研究です。


🧬研究方法

項目内容
対象出生後にASD・ADHDと診断された児、および健常対照児の胎盤サンプル
測定項目- VEGF(血管内皮成長因子)- PLGF(胎盤成長因子)- KDR(VEGFR-2受容体)- FLT1(VEGFR-1受容体)
解析レベルmRNA発現量およびタンパク質量の両面で評価
目的各群(ASD・ADHD・対照)間での発現パターンの差を比較し、胎盤血管形成異常の特徴を特定すること

🔬主な結果

グループ主な変化示唆されるメカニズム
ASD胎盤- VEGF, PLGF, KDR のタンパク質レベルが低下- FLT1 が上昇胎盤の血管形成シグナルが全般的に抑制的に作用している可能性。胎児脳への血流・酸素供給不足が発達異常に関与か。
ADHD胎盤- FLT1 上昇- VEGF mRNA 低下VEGF経路の転写レベルでの制御異常。胎児期における神経発達シグナルの調整不全の可能性。

🩸考察

  • ASDとADHDのいずれでも、**VEGFシグナル経路(VEGF–FLT1–KDR軸)**の不均衡が確認された。

  • ただし、その方向性と程度は異なる

    • ASDでは「血管成長の抑制的パターン」
    • ADHDでは「部分的な転写制御異常」
  • これらの変化は、胎児期の脳血流・神経栄養供給に影響を与え、

    のちの神経発達の差異を生む可能性がある。


🌱意義と展望

  • 「胎盤‐脳軸(placenta–brain axis)」仮説を支持する初の分子生物学的証拠。
  • 胎盤の血管成長因子は、神経発達障害の早期バイオマーカーになり得る。
  • 妊娠中の環境要因(栄養、ストレス、炎症など)がVEGF経路を介して胎児脳発達に影響する可能性を裏づけ。
  • 将来的には、出生前診断や予防的介入の新たな道を開くことが期待される。

まとめ

ASDおよびADHD児の胎盤では、VEGF・PLGF・受容体群の発現異常が見られ、

胎盤の血管形成システムが早期から乱れていることが示唆された。

この研究は、神経発達障害を「脳だけでなく胎盤から理解する」という新しい視点を提示しており、

将来の早期検出・リスク評価・母体環境介入研究に重要な一歩を示しています。

Frontiers | Systematic review on Prevalence of ADHD, Possible ADHD or ADHD Symptoms in Medical Students

医学生におけるADHDの有病率を世界的に検証 ― 医学教育のストレスと見落とされる支援ニーズ(Frontiers, 2025年・掲載予定)

論文タイトルSystematic review on Prevalence of ADHD, Possible ADHD or ADHD Symptoms in Medical Students

著者:Nicholas Lee, Melvyn Zhang(MOH Holdings/National Healthcare Group, シンガポール)

掲載誌Frontiers in Psychiatry(査読済・最終版公開予定)


🧠研究の背景

ADHD(注意欠如・多動症)は小児期に発症し、多くが成人期にも症状を持続する神経発達症です。

成人全体での世界的な有病率は約3.1%とされていますが、

医学生におけるADHDは見逃されやすく、支援も不足していることが指摘されています。

医学教育は極めて高い認知的・情動的・心理的負荷を伴うため、

ADHDの特性が強く影響しやすい一方で、

「努力不足」「ストレス反応」と誤解されやすく、

診断やサポートにつながらないケースが多いのが現状です。


🔍研究目的

本研究は、世界各国の医学生における

  • ADHD診断、
  • 可能性例(possible ADHD)、
  • ADHD症状(subthreshold ADHD symptoms)

有病率を体系的に整理し、

評価法や地域差、教育環境との関係を明らかにすることを目的としています。


📚研究方法

項目内容
検索時期2024年9月
データベース主要7つ(例:PubMed, PsycINFO, Scopusなど)
収集研究数499本の論文から基準を満たす31研究を抽出
対象国数17か国
総対象者数30,631名の医学生
主な評価尺度- WHO成人ADHD自己評価尺度(ASRS)(使用頻度が最も高い)- Wender Utah Rating Scale(WURS)- 構造化面接・自己報告尺度など
診断手法の違い研究ごとにカットオフや下位尺度が異なり、結果のばらつきの一因となった。

📊主な結果

観点結果
ADHDの報告有病率**0.55%~38.9%**と大きな幅。地域や評価法による差が顕著。
診断方法による差- 自己報告ベースの研究 → 低めの有病率- 構造化面接や複数指標を用いた研究 → 高めの有病率
教育的要因医学教育の強いストレスや長時間学習がADHD症状を顕在化・増幅させている可能性。
文化的・制度的差異国や大学によって、ADHDに対する認識・支援体制の差が大きく、有病率にも反映されている。

💬考察

  • 医学生におけるADHDの見落としは個人の学業成績・心理的健康・将来の臨床能力に影響する可能性がある。
  • ADHDの特性を持つ学生は、高い集中力や創造性を発揮する場面もあるが、過重な環境では燃え尽き(burnout)や離脱につながりやすい。
  • これらの結果は、医学教育がADHD症状を増幅させる環境的要因になり得ることを示唆する。

🏥臨床・教育的意義

  • 医学部内でのADHDスクリーニングと早期支援体制の整備が急務。
  • 適切な診断とサポートにより、学業成績の向上・ストレス軽減・燃え尽き防止が期待できる。
  • ADHDの認識欠如は、将来的に医師としての業務パフォーマンスや患者ケアの質にも影響する可能性がある。
  • 教育機関は「努力不足」ではなく**神経多様性(neurodiversity)**としての理解を前提に、柔軟な対応を進める必要がある。

まとめ

このシステマティックレビューは、世界17か国・3万人以上の医学生を対象に、

ADHDの有病率が最大約4割に及ぶことを示し、

診断法・文化・教育環境による大きなばらつきを明らかにしました。

結果は、医学生のADHDが過小評価され、十分に支援されていない現状を浮き彫りにし、

早期介入と制度的支援の重要性を強く訴えています。

本研究は、**「医学教育におけるADHDを見えない負担から支援対象へ」**と転換するための基盤的知見といえます。

Speed‐Dependent Visual‐Motor Tracking Differences in Children With Autism Relate to Core Symptoms

スピードに応じた視覚‐運動統合の違いがASDの中核症状と関連 ― 動的課題による新たな行動バイオマーカーの可能性(2025年, Clinical and Translational Neuroscience)

論文タイトルSpeed-Dependent Visual-Motor Tracking Differences in Children With Autism Relate to Core Symptoms

著者:Daniel E. Lidstone, Stewart H. Mostofsky(Johns Hopkins University School of Medicine)

掲載誌Clinical and Translational Neuroscience(2025年10月29日公開)


🎯研究の背景

自閉スペクトラム症(ASD)の子どもは、視覚情報を基に運動を制御する「視覚‐運動統合(Visual-Motor Integration; VMI)」に困難を示すことが知られています。

特に、動きの速い刺激(例:素早い物体の追跡や運動)に対しては反応が難しく、

その特徴が社会的相互作用や日常動作のぎこちなさにも関係していると考えられています。

本研究では、刺激速度を変化させた連続的トラッキング課題を用いて、

ASD児と定型発達児のVMI能力を比較し、スピード依存的な違いと症状の関連を明らかにしました。


🧩研究方法

項目内容
対象8~12歳の児童54名(ASD: 16名/定型発達: 38名)
課題グリップ(握力)を使い、画面上の動く視覚的ターゲットを連続的に追跡するタスク
条件3つの速度条件:① 静止(static)② 低速(slow)③ 高速(fast)
評価各速度における追跡誤差(tracking error)を比較
症状尺度- ADOS-2(臨床評価)- SRS-2(保護者報告)

📊主な結果

条件ASD群の特徴統計的有意性
高速条件(fast)ASD児は定型発達児よりも有意に追跡誤差が大きい(平均誤差13.5 vs. 10.5)p = 0.02
静止/低速条件群間差は認められずp > 0.5
速度が上がるほど誤差増大両群とも誤差が増加するが、ASD群で顕著

さらに、症状重症度(ADOS-2, SRS-2)が高いほど、

高速条件での誤差が大きい傾向を示し、特にADOS-2では明確な相関が確認されました。


🧠考察

  • ASD児では、動的でスピードのある視覚‐運動統合課題に特有の困難が見られる。
  • 静的・低速条件では差がないため、感覚情報の統合速度の限界や時間的処理の遅れが主要因と考えられる。
  • 症状の重さとVMI誤差の関連は、中核的な社会的コミュニケーション特性と運動制御機能の共通基盤を示唆。

これらの特徴は、「スピード依存的VMI困難」をASDの定量的・行動的バイオマーカーとして応用できる可能性を示しています。


🧩臨床・応用的意義

  • ASD児の中でも、動きの速い刺激に対して反応しづらい子どもを定量的に特定できる。

  • 将来的に、個別化された感覚統合療法や運動療法の調整に利用できる可能性。

    例)動作訓練や学習支援の際に「ゆっくりした視覚キュー」を提示することで反応精度を改善。

  • この課題は客観的・再現性の高い計測法として、発達研究や介入効果のモニタリングにも応用できる。


まとめ

本研究は、ASD児が速い速度の視覚運動課題で特有の誤差増加を示すこと、

そしてその程度が症状の重さ(ADOS-2/SRS-2)と比例関係にあることを明らかにしました。

この結果は、ASDにおける動的感覚処理と運動制御の結びつきを示す重要な証拠であり、

今後の行動的バイオマーカー開発や個別化介入設計の基盤となる発見といえます。