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軽度知的障害を持つ生徒の数学的基礎力を高めるための同時プロンプト法とフィードバックを活用した教育介入

· 約7分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、発達障害や関連する特別支援分野における最新の学術研究を紹介しています。具体的には、自閉スペクトラム症(ASD)と消化管疾患に共通する遺伝的要因を探索したバイオインフォマティクス研究、軽度知的障害を持つ生徒の数学的基礎力を高めるための同時プロンプト法とフィードバックを活用した教育介入、バーチャルキャンパスを用いた自閉症児の日常生活スキル訓練の有効性、そしてADHDやトゥレット症候群を対象としたMedicaidにおけるテレヘルス利用の利点と課題が取り上げられています。いずれの研究も、遺伝学・教育・ICT・医療制度といった多角的視点から、発達障害児者の生活の質向上や支援体制の強化に資する知見を提供している点が共通しています。

学術研究関連アップデート

Exploring the shared genetic basis between autism spectrum disorder and gastrointestinal disorders: a bioinformatic study

本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)と消化管疾患(炎症性腸疾患〔IBD〕やセリアック病)との間に共通する遺伝的要因が存在するかを調べたバイオインフォマティクス解析です。ASDは早期から社会的コミュニケーションの困難や反復行動が見られる発達障害であり、臨床的には消化器系の不調を併発することが多いとされています。本研究では、DisGeNET・GWAS Catalog・Ensembl といった大規模データベースを用いて変異と疾患の関連(VDAs)を抽出し、ASDでは2,367件、セリアック病で458件、IBDで1,912件のVDAsが確認されました。その中で3つの遺伝子 MTHFR、MYO9B、TCN2 がASDと両消化管疾患に共通する候補として浮上しましたが、TCN2とセリアック病の関連は検証段階で否定されました。MTHFRは葉酸代謝に、MYO9Bは腸のバリア機能に関わることが知られており、ASD患者にみられる消化器症状の一部がこれらの遺伝子の機能異常に関連している可能性が示唆されます。ただし現段階では因果関係は確立されておらず、今後さらなる研究が必要です。本研究は、ASDと消化管疾患の併存メカニズムの理解や、個別化医療・予防的アプローチの開発に向けた重要な手がかりを提供しています。

Enhancing addition fact fluency in children with mild intellectual disabilities: simultaneous prompting with performance feedback

数学的自立を支える:軽度知的障害を持つ子どもへの加算事実流暢性向上プログラム

  • *BMC Psychology(2025年8月)**に掲載された研究では、軽度知的障害を持つ高校生に対し、**同時プロンプト法とパフォーマンスフィードバック(Simultaneous Prompting with Performance Feedback, SP-PF)**を組み合わせた指導法が、基本的な加算(足し算)スキルの流暢性を向上させる効果を持つことが報告されました。

研究の背景

数学的スキルの獲得は、知的障害のある生徒にとって日常生活での自立度を高める重要な要素です。特に「2+3=5」のような**基本的加算事実(Basic Addition Facts, BAFs)**を正確かつ素早く答えられることは、数学全体の学習や生活上の数的判断力の基盤となります。

方法

  • 対象:軽度知的障害のある高校生3名
  • デザイン:参加者間多重プローブ法(single-caseデザインの一種)
  • 介入:
    • 同時プロンプト法(Simultaneous Prompting):常に正解を提示しながら練習を行い、誤答を避ける方法。
    • パフォーマンスフィードバック:解答の正誤や速さに対してその場でフィードバックを与える。

結果

  • 全員が**目標水準の流暢性(速さと正確さ)**に到達。
  • 指導終了後15日経過しても効果は維持。
  • 45日後も2名はほぼ基準に近い水準を保持。
  • 社会的妥当性のデータでは、学習者自身が「やりやすかった」「成果を実感した」と評価。
  • 指の使用に頼らずに答えられるようになった点も大きな変化。

意義

この研究は、軽度知的障害を持つ生徒が日常で使える数学スキルを獲得する上で有効な方法論を示しています。特にSP-PFは、誤答による学習の停滞を防ぎ、ポジティブな学習体験を通して自信を育てられる点が強みです。

Research on the improvement of daily living skills of children with autism in virtual campus environments

本研究は、自閉症の子どもを対象に、バーチャルキャンパス環境での日常生活スキルトレーニングの効果を検証したものです。対象となったのは平均年齢10.5歳の自閉症児6名で、4週間にわたり合計8.4時間の訓練を実施しました。研究チームは、SketchUp Pro 2021で日常生活に基づいた3D環境(食堂、学校前、図書館など)を作成し、Unreal Engine 4を用いて仮想環境に変換、さらにHTC Viveヘッドセットを用いて実際の体験型訓練を行いました。結果として、食堂でパンを取る、学校前で電話をかける、図書館で電気を消す・本を拾うといった具体的な生活行動で有意な改善が見られました。また、介入後には社会的コミュニケーションの困難さが低減し、社会的スキルが向上することが質問票の結果からも確認されています(いずれも統計的に有意な改善)。このことから、バーチャル環境を活用した訓練は、自閉症児にとって日常生活スキルの習得を支援する有効な方法であると示されました。従来の実環境での訓練に比べ、繰り返し練習や安全な試行が可能である点も大きな利点といえ、教育や福祉領域での活用可能性が広がることが期待されます。

Telehealth Use in Medicaid: Implications for Quality Care for Individuals With ADHD and Tourette Syndrome

本研究は、ADHD(注意欠如・多動症)やトゥレット症候群(TS)を持つMedicaid受給者に対する遠隔医療(テレヘルス)の活用が、医療の質にどのような影響を与えるかを検討したものです。新型コロナウイルス流行時に急速に拡大したテレヘルスは、地理的・経済的障壁を軽減し、専門的ケアへのアクセスを改善する効果を持ち、とりわけ地方在住や医療資源の乏しい地域に住む患者にとって有益でした。また、継続的な診療やモニタリングが必要なADHDやTSの患者が、医療者と容易につながれる点も強調されています。一方で、オンラインADHD治療における刺激薬の誤用リスクや、自宅環境でのプライバシーの限界、さらにはブロードバンド格差による医療アクセスの不平等といった課題も浮き彫りになりました。さらに、Medicaidにおける現行のテレヘルス関連の医療の質評価指標は十分とは言えず、ADHDやTSの特性に即した評価基準の欠如が問題視されています。著者らは、質の高いケアを担保するために、ADHD・TS向けの独自の評価指標の開発、管理医療における監督体制の改善、長期的なアウトカム研究の推進を提案しています。総じて、テレヘルスはアクセス拡大の可能性を秘める一方、その質の確保には制度的な整備と継続的な研究が不可欠であることが示されました。