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AIとモバイルアプリを組み合わせた自閉スペクトラム症(ASD)の早期スクリーニング手法

· 約6分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、発達障害や学習障害に関する最新の研究成果を紹介しています。AIとモバイルアプリを組み合わせた自閉スペクトラム症(ASD)の早期スクリーニング手法や、血清グルタミン酸濃度をASDの潜在的バイオマーカーとして検討した研究、さらにVRゲームを活用して音韻性ディスレクシアへの共感を高める教育ツールの有効性が示されました。また、ASDの発症が幼児期だけでなく7〜10歳の副腎性思春期に関連して顕在化するサブタイプの存在を示唆する論文も取り上げられています。これらの研究は、診断・支援・教育の各分野において新しい視点や実践的アプローチを提供し、当事者理解と包括的な支援体制の強化につながる重要な知見を示しています。

学術研究関連アップデート

Multimodal AI for risk stratification in autism spectrum disorder: integrating voice and screening tools

この研究は、幼児期の自閉スペクトラム症(ASD)の早期発見を、より効率的かつ大規模に行うための新しいAIフレームワークを提案したものです。従来のASD診断は、専門医による観察や面接(例:ADOS-2)が必要で時間とコストがかかります。本研究では、モバイルアプリを用いて保護者と子どものやり取りの音声データや、標準的なスクリーニングツール(MCHAT, SCQ-L, SRS)の情報を収集し、AIが統合的に解析する「二段階モデル」を構築しました。

  • 第1段階では、MCHATやSCQ-Lのテキスト情報と音声特徴を組み合わせ、典型発達児と「ASDリスクがある/ASD児」を区別(AUROC 0.942)。
  • 第2段階では、課題遂行データとSRSテキストを用いて、「リスク群」と「ASD群」をさらに区別(AUROC 0.914、正確度85.2%)。

その結果、AIによる予測カテゴリーはADOS-2による診断と79.6%の一致率を示し、スコアも強い相関(r=0.83, p<0.001)を持つことが確認されました。

この研究は、スマートフォンとAIを活用することで、自宅で取得できるデータから高精度にASDリスクを判定できる可能性を示しており、診断待機の長期化や専門医不足といった課題に対して、大規模かつ早期の介入につながる新しいスクリーニング手法として期待されています。

Glutamate level in a sample of children with autism spectrum disorders and its relation to aggressive behavior - Middle East Current Psychiatry

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもにおける血清グルタミン酸(神経伝達物質の一種)の濃度と攻撃性との関連を調べたものです。対象はASD児40名(3~13歳)と健常児50名で比較が行われました。その結果、ASD児は健常児に比べて血清グルタミン酸値が高く、攻撃行動や発達の遅れ、IQの低さも目立つことが確認されました。グルタミン酸の測定は、カットオフ値45.5で感度83.3%、特異度58%、全体の正確度67.2%を示し、ASDの潜在的なバイオマーカーとして一定の有効性を持つとされます。ただし、グルタミン酸の値はASDの重症度(GARS)、攻撃性(MOAS)、適応行動(VABS)のいずれとも統計的に有意な関連を示さなかったため、**「ASDかどうかを見分ける手がかりにはなるが、症状の程度や攻撃性の強さを予測する指標にはならない」**と結論づけられています。

Design and evaluation of a serious game in virtual reality to increase empathy towards students with phonological dyslexia

この研究は、音韻性ディスレクシア(文字と音の対応づけに困難を抱えるタイプの読字障害)に対する理解と共感を深めるために、教育関係者や一般の非ディスレクシア者を対象にしたVR(仮想現実)ゲームを開発・評価したものです。ディスレクシアは人口の約5〜10%に見られ、読字スピードの遅さ、読み間違い、新しい単語の解読困難など日常的に多くの不便を引き起こします。しかし、こうした困難は周囲に十分に理解されていないことが多く、支援の欠如につながっています。そこで本研究では、ゲームを通じてプレイヤーがディスレクシア当事者の視点から「読みの困難」を疑似体験できる仕組みを作り、その結果、支援の重要性を実感させることを狙いました。最終版のゲームは101名の参加者に体験してもらい、心理測定に基づくアンケートで評価したところ、平均で20%の共感度向上が確認されました。つまり、このVRゲームは、ディスレクシアに対する社会的理解を促進する有効な教育ツールとして期待できることが示されました。

Frontiers | Adrenarche, social cognition, and the development and evolution of autism spectrum traits

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)の発症や特徴の一部が「副腎性思春期(adrenarche)」と呼ばれる発達段階に関係している可能性を検討した研究です。ASDは、社会的認知の未発達や限定された興味・反復行動を特徴とする多様な発達障害であり、一般には早期発症と理解されていますが、研究では2つの発症経路があることが示されています:① 幼児期に早期に現れるタイプ、② 7〜10歳頃の副腎性思春期(adrenarche)に関連して現れるタイプです。副腎性思春期は、DHEAやDHEASといったアンドロゲンの分泌が始まる時期であり、この時期は同時に他者の心を理解する「心の理論」や仲間関係など、社会的認知が大きく発達する時期でもあります。研究チームは、DHEAやDHEASの分泌とASD特性との関連を体系的にレビューした結果、① DHEAの高値は特に女児において不安傾向や社会不安と関連する、② DHEAの高値とASD診断全般との関連を示すエビデンスがある、という知見を得ました。これらの結果から、中期児童期における副腎性思春期のホルモン変化と社会的適応の変化が、ASDの特定のサブタイプの発現や診断に関与する可能性が示唆されています。