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ダウン症児を持つ母親の出生前スクリーニング経験

· 約9分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、発達障害や関連する健康・福祉分野における最新の学術研究5本を紹介しています。ADHD児における薬物治療とボディイメージ・食行動の関係、大規模保険データによるASD・ADHD・併存症の有病率と医療利用の特徴、コロナ禍でのADHD児の学習行動と保護者の自己効力感・親子関係の影響、ダウン症児を持つ母親の出生前スクリーニング経験、そしてASD当事者が経験する対人間暴力の生涯的影響について、それぞれの研究背景・方法・主要な結果と臨床的示唆がまとめられています。全体を通して、医療・教育・家族支援の現場で必要なモニタリングや中立的な情報提供、個別化された支援体制の重要性が強調されています。

学術研究関連アップデート

Body Image Concerns, Maladaptive Eating Behaviors, and Weight Status in Children with ADHD: Are there Differences between Children Treated with and without Medication and Healthy Controls?

本研究は、ADHD(注意欠如・多動症)の子どもにおけるボディイメージの悩み、適応的でない食行動、体重状態と、ADHD薬物治療との関連を全国規模データで検討したものです。対象は、医師などにADHDと診断された6〜17歳の子ども4,819人(64.5%男児)と、同年齢の健常児9,025人(60.5%男児)。

解析の結果、現在ADHD薬を服用している子どもは、服用していないADHD児や健常児と比べて、以下の行動や傾向が有意に多く見られました。

  • 断食(OR=1.32)、過食(OR=1.26)、偏食(OR=1.21)、食への興味低下(OR=1.77)
  • 「体重が低すぎる」という親の懸念(OR=1.56)

また、ADHD児は薬の有無に関わらず、健常児よりもこれらの不適応な食行動や体重に関する悩みが多いことが示されました。

著者らは、ADHDの子どもには定期的な食行動と体重に関する評価が必要であり、特に薬物治療で体重減少の可能性がある場合には、それを阻害要因としないための介入が求められると結論づけています。

臨床的には、ADHD治療において学習や行動面だけでなく、栄養状態や食習慣のモニタリングを標準化する重要性を示唆する結果です。

Real-world evaluation of prevalence, cohort characteristics, and healthcare utilization and expenditures among adults and children with autism spectrum disorder, attention-deficit hyperactivity disorder, or both - BMC Health Services Research

本研究は、全米規模の保険請求データを用いて、自閉スペクトラム症(ASD)・注意欠如多動症(ADHD)・両者併存(AuDHD) の有病率、患者背景、併存症、医療利用状況、医療費を成人と小児それぞれで比較・分析したものです。

対象は2022年の商業保険加入者 約239万人。結果は以下の通りです。

  • 有病率
    • 成人(18歳以上, N=1,928,106):ASD/ADHDいずれか 4.2%(ADHD 4.0%、ASD 0.1%、AuDHD 0.1%)
    • 小児(18歳未満, N=464,749):ASD/ADHDいずれか 6.7%(ADHD 5.0%、ASD 1.1%、AuDHD 0.6%)
  • 人口背景
    • 成人:平均年齢34.1歳、女性52.9%、白人60.2%
    • 小児:平均年齢11.3歳、男性67.5%、白人47.8%
  • 併存症
    • 成人・小児ともに、全群で精神・行動保健(BH)関連の併存症のオッズ比が2倍以上と高頻度
  • 医療利用
    • 医療利用率(1,000人あたり月間利用件数):
      • 成人:非該当群615.2 → ASD/ADHD群 1024.8
      • 小児:非該当群398.4 → ASD/ADHD群 1205.3
    • 主な増加要因はBH関連サービスの利用
  • 医療費
    • 成人:非該当群 $140.3 → ASD/ADHD群 $292.1 /月
    • 小児:非該当群 $50.8 → ASD/ADHD群 $845.4 /月

まとめ

ASD・ADHD、あるいはその併存状態の成人・小児は、精神・行動面の併存症が多く、医療利用と医療費が一貫して高いという特徴を持つことが明らかになりました。本研究は、医療政策や保険設計において、行動保健ニーズの高さを踏まえた支援策の必要性を示しています。

Examining Learning Behaviours in Children with ADHD: The Impact of Parental Self-Efficacy and Relationship Quality Amid COVID-19

本研究は、COVID-19パンデミックによる遠隔学習期間におけるADHD児と定型発達児の学習行動の違いを、保護者の自己効力感(子どもの学習支援ができる自信)と親子関係の質(親密さ・葛藤の度合い)という観点から分析したものです。

対象はカナダ全国調査(2021年春)に回答した保護者468名(ADHD児の親278名、平均年齢9.88歳/定型発達児の親190名、平均年齢9.45歳)。結果として、全体では保護者の自己効力感が高く、親子の親密さが強いほど子どもの学習行動は良好であり、親子間の葛藤が強いほど学習行動は低下していました。特に、定型発達児では親子の親密さと学習行動の関連がより明確に見られましたが、ADHD児ではこの関連は弱く、学習行動の低さや親子間の親密さの低さが特徴として示されました。さらに、親子の親密さ・葛藤は、保護者の自己効力感と子どもの学習行動との関係を部分的に媒介していました。

本研究は、パンデミック下の在宅学習において、ADHD児の学習支援では親の自己効力感向上と親子関係の改善が重要な鍵になることを示唆しています。

Down Syndrome in Maternity Care: Mothers' Experiences of Prenatal Screening

本研究は、イギリス(イングランド・スコットランド・ウェールズ)に住むダウン症(DS)の子を持つ母親317名を対象に、妊娠期の出生前スクリーニング(初期スクリーニングおよび非侵襲的出生前検査:NIPT)に関する経験を調査したものです。対象児は2019〜2022年生まれで、オンライン調査により量的・質的データを収集しました。

結果として、多くの母親はスクリーニングが任意であることを理解していた一方で、「深く考えず routine(定型的な検査)」として受けていたケースが多いことが分かりました。また、ダウン症に関する十分な情報や、結果を理解するための支援が不足していたと感じた母親が多く、検査結果の伝え方についても「中立性が欠け、否定的な態度や前提が含まれていた」との指摘がありました。特に、そのような否定的ニュアンスを含むコミュニケーションは強く記憶に残り、母親に大きな影響を与えていました。

研究では、母親の理解を支える個別化された説明や、検査を受けない選択肢を正当に位置づけることの重要性が強調されています。さらに、高リスク・低リスクいずれの結果でも中立的に伝える姿勢や、さまざまな価値観と選択を歓迎する医療コミュニケーションの必要性が示唆されました。

Outcomes of Experiencing Interpersonal Violence in Autism: A Mixed Methods Systematic Review and Meta-Analysis

本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の人々が経験する**対人間暴力(身体的・性的・心理的被害など)**の影響を、系統的レビューとメタ分析によって検証したものです。対象は1〜80歳のASD当事者を含む研究で、混合研究法を用いた査読付き論文が分析されました。

メタ分析(9研究・3,647名)では、暴力経験はメンタルヘルスの悪化と強く関連し、とくに内在化症状(うつ・不安など)(効果量 d=0.66)や自殺念慮・自殺行動d=0.63)との関連が顕著でした。さらに57研究(計37,418名:ASD 13,127名、非ASD 24,291名)のナラティブ統合では、ASDの人々は非ASDと比較して幼少期から一貫して精神的健康や行動面の困難が多く、機能面・発達面でも悪影響が見られることが示されました。

また、女性やジェンダーマイノリティのASD当事者は、暴力に関連する心身の困難がより大きく、幼少期から成人期まで長期的に持続していました。著者らは、この傾向がマイノリティストレス理論や交差性理論と一致すると指摘し、ASDの中でも特に非男性層が、幼少期から虐待にさらされやすく、かつ「社会的望ましさ」や「表面的な適応」「解離」といった反応様式を身につけやすい危険性を強調しています。

本研究は、ASD当事者への暴力被害が生涯にわたる深刻な影響をもたらすことを明確に示し、特にジェンダー的弱者への早期かつ継続的な支援体制の必要性を強く訴えています。