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ASDの子どもとTDの子どもが、自分の体験した感情をどのように言葉で語るかの比較

· 約9分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、最新の自閉スペクトラム症(ASD)研究から得られた多角的な知見を紹介しています。成人の診断経験に関する調査では、診断の時期や性別によって障壁やサポートへのニーズが異なることが明らかになり、特にジェンダーダイバーズの当事者への支援の重要性が示されました。また、ASD研究におけるサンプル偏りを是正するため、重度支援ニーズや多様な背景を持つ人々を含めた研究デザインの必要性が強調されています。子どもの感情表現研究では、ASD児は基本的感情の語りは定型発達児と同等ながら、自意識的感情(罪悪感や恥ずかしさ)の社会的文脈理解に課題があることが確認されました。さらに、アニメ視聴中の脳波データを用いた新しい診断手法では、ASD児の意味処理の独特なパターンが高感度で識別可能であることが示され、自然な環境での補助診断への応用が期待されています。これらの成果は、ASD研究と臨床支援がより包括的かつ実用的な方向へ進むための重要な示唆を提供しています。

学術研究関連アップデート

Diagnostic Experiences and Barriers to Diagnosis Among Autistic Adults in the United States: Associations with Diagnostic Timing and Gender

この研究は、アメリカに住む自閉スペクトラム症(ASD)の成人129人を対象に、診断を受けた経緯や障壁、診断の満足度、診断後のサポートなどについて調査したものです。特に、**診断を受けた時期(子ども時代か成人後か)性別(シス女性、シス男性、ジェンダーダイバーズ)**によって経験がどのように異なるかを分析しました。

結果として、診断に満足している人の特徴としては、診断までに経験した障壁が少ない、診断報告書を受け取った、関わった医師の数が少ない、診断後のリソース提供があった、診断に安堵を感じた、などが挙げられました。診断のタイミング別では、成人期に診断された人は「自分で自分のASDを疑った」割合が高く、精神的困難をきっかけに受診する傾向があり、また診断に対して前向きな感情を抱くことが多いことが示されました。一方、子ども時代に診断された人とは、求めるサポート内容や直面する障壁の種類が異なっていました。

性別の違いでは、シス女性とジェンダーダイバーズの人は診断に安堵を感じやすい傾向があり、特にジェンダーダイバーズの人は「トラウマや自殺念慮へのサポート」を強く望み、最も多くの診断障壁を報告していました。

まとめると、この研究は、ASD成人の診断経験が診断の時期と性別によって大きく異なることを明らかにしました。特に診断後のサポート体制の充実と、ジェンダーに応じた障壁の解消が急務であることが示されています。

Recommendations for Increasing Sample Diversity in Autism Research: Lessons from Multisensory Studies

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)の研究におけるサンプルの偏り、特に「多感覚統合(multisensory integration)」研究における問題点を指摘し、多様性を高めるための改善提案をまとめたレビューです。

背景として、2024年に米国下院で可決された**Autism CARES Act(H.R.7213)**は、今後の研究資金の重点を「重度の支援を必要とするASD当事者(High Support Needs: HSN)」の包括的な参加へとシフトさせようとしています。しかし、これまでの多感覚研究は、知的能力・言語能力・日常生活機能が高いASD者を中心に行われてきたため、重度支援を必要とする人々や、女性・併存症を持つ人々がほとんど研究対象になっていないという大きな問題があります。

著者らが行った体系的レビューでは、これまでの多感覚研究の大多数が「若年・低支援ニーズのASD児者」を対象としており、HSNや多様な背景を持つ参加者はほぼ含まれていませんでした。また、**性差や併存症(知的障害、精神疾患など)**が多感覚処理にどう影響するかの検討も不足していました。

本論文では、こうした偏りを是正するために以下の改善策を提案しています:

  • 高支援ニーズ者を含めるための研究デザインの工夫(例:非言語的な測定方法の導入)
  • 多様な発達段階・年齢層・性別・併存症を持つ人々を対象にすること
  • 研究参加のバリアを下げるための支援体制の構築(アクセスや同意手続きの工夫など)

総じて、この論文は「ASD研究が一部の当事者に偏ってきた現状」を明確にし、多感覚研究を含むASD研究全般がより包括的・多様性に富む方向へ進む必要性を強調しています。これにより、これまで取り残されてきた当事者層にとっても有効な知見や支援策が得られる可能性が高まります。

Autistic and Non-autistic Children’s Recounting of Basic and Self-Conscious Emotional Experiences

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもと定型発達(TD)の子どもが、自分の体験した感情をどのように言葉で語るかを比較し、感情理解や表現の特徴を明らかにしたものです。


方法

  • 対象:ASD児とTD児
  • 課題:これまでに経験した「基本的感情(恐怖・幸福・悲しみ)」と「自意識的感情(罪悪感・誇り・恥ずかしさ)」について、実体験を語ってもらう。
  • 分析:言語の長さや内容、因果関係の説明、社会的文脈の言及などを評価。

結果

  • 基本的感情(恐怖・幸福・悲しみ):
    • ASD児とTD児の間で大きな違いはなく、回答数や発話の長さ、内容の適切さもほぼ同等。
    • ただし、ASD児は「悲しみ」に関して因果関係(なぜ悲しいのか)を推論する発言が少なかった。
  • 自意識的感情(罪悪感・誇り・恥ずかしさ):
    • ASD児は 罪悪感や恥ずかしさの体験を語る頻度が少なく、罪悪感については特に短く簡単な記述が多かった
    • また、他者や社会的状況(誰が関わっていたか、どんな場面か)への言及が少なく、社会的文脈を取り入れる力が弱いことが示された。
    • 分析の結果、ASD特性の強さは「罪悪感・誇り」の語りの適切さに、語彙力は「悲しみ・恥ずかしさ」の語りの適切さに関連していた。

結論と意義

  • ASD児は「基本的感情」についてはTD児とほぼ同じように語れるが、「自意識的感情」を語る際には社会的背景を組み込むことが難しい傾向がある。
  • これは、ASD児が他者視点を踏まえた感情理解や表現に課題を抱えていることを示唆する。
  • 本研究は、介入や支援において「社会的文脈を含めた感情理解」を重点的に育てる必要性を示し、感情教育やトレーニングの方向性を提示している。

A New Paradigm for Autism Spectrum Disorder Discrimination in Children Utilizing EEG Data Collected During Cartoon Viewing With a Focus on Atypical Semantic Processing

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもに見られる意味処理(semantic processing)の特異性を、より自然な環境で脳波(EEG)を用いて評価する新しい方法を提案しています。


背景

  • ASDは社会的コミュニケーションの困難を特徴とし、その一因として言葉の意味理解や処理の問題が指摘されています。
  • これまでの脳画像研究は知見を与えてきましたが、研究環境が不自然で小児に適さないという課題がありました。

方法

  • 対象:4〜10歳のASD児
  • 課題:子どもが自然に集中できるよう、アニメーション視聴中にEEG(脳波)を計測
  • 解析:
    • 機械学習モデルを導入し、事前学習済み言語モデル+回帰手法を組み合わせ。
    • 六次元意味データベース(Six-dimensional Semantic Database)を活用し、感情的意味を含む多様な語の処理を評価。
    • EEGトポグラフィー(脳活動の空間的分布)と照合して、意味処理の神経基盤を解析。

結果

  • 機械学習モデルの性能:
    • 感度(sensitivity)91.3%
    • 特異度(specificity)61.0%
    • 妥当性検証でも結果を再現。
  • ASD児は特に感情的意味次元の処理や統合に独特のパターンを示すことが確認された。

結論と意義

  • ASD児の意味処理の脳内メカニズムが、自然な場面(アニメ視聴)でも計測可能であることを実証。
  • この方法は、従来の堅苦しい検査環境ではなく、日常に近い形で言語処理の特異性を把握できる新しい補助診断手法として有望。
  • 将来的には、ASD児の言語理解やコミュニケーション支援の設計に役立つ可能性がある。