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オランダにおけるASD診断・支援体制の実態整理

· 約13分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

このブログ記事全体では、発達障害(自閉スペクトラム症・ADHD・発達性言語障害など)をめぐる最新の学術研究を、個人の体験・臨床・教育・社会制度・テクノロジーの観点から幅広く紹介しています。具体的には、①自閉当事者が望む呼称(アイデンティティ・ファースト/パーソン・ファースト言語)に関する当事者視点のレビュー、②AIと合成データを用いた発達性言語障害の早期スクリーニング技術、③オランダにおけるASD診断・支援体制の実態整理、④ASDにおける表情感情処理の脳機能差を示す神経画像メタ分析、⑤ASD児の親に見られる共感特性の特徴、⑥米国大学生におけるADHD診断の急増傾向、⑦ASD児の感覚特性・反復行動・運動協調が性別や服薬とどう関係するかといった臨床研究が含まれています。全体として本記事は、発達障害を「個人の特性」だけでなく、言語の使い方、家族、教育・医療制度、テクノロジー、社会環境との相互作用の中で捉え、より個別化・包括的・尊厳重視の支援へとつなげるためのエビデンスを整理した研究アップデートとなっています。

学術研究関連アップデート

Preferences for Identity-First and Person-First Language: A Systematic Review of Research With Autistic Adults/Adults With Autism

この論文は、「自閉症のある人/自閉的な人」という言い方(Person-First Language:PFL と Identity-First Language:IFL)のどちらが当事者に好まれているのかについて、これまでに行われた研究を体系的に整理したシステマティックレビューです。過去の研究では意見が分かれており、本研究はその全体像を把握することを目的としています。

対象となったのは、自閉当事者6,350人を含む19研究で、いずれもオンライン調査によって言語表現の好みや「使われてもよい表現」を定量的に評価していました。結果として、多くの研究では「autistic person(自閉的な人)」といったIFLを好む人がPFLより多い傾向が見られましたが、同時に一定数(約4〜39%)はPFLを支持しており、さらに「どちらでもよい/特に好みはない」と答える人も少なくありませんでした。特にオランダ語圏の研究ではPFLの支持が高いなど、言語や文化による違いも確認されています。また、「使ってもよい表現」としては、IFLが最も広く受け入れられていましたが、PFLや「on the spectrum」も一部では許容されていました。

重要なのは、本レビューが**「IFLかPFLか、どちらが正しいか」という結論を出していない点**です。研究結果はばらつきが大きく、自閉当事者の間でも好みは一様ではないこと、さらに調査対象が知的障害のある人を十分に含んでいないなどの限界も指摘されています。著者らは、研究者・医療者・教育者・支援者に対し、特定の表現を一律に推奨するのではなく、個々人の自己認識や希望を尊重し、可能であれば本人に尋ねる姿勢が最も重要であると結論づけています。

一言で言えば、この研究は「自閉症をどう呼ぶか」に唯一の正解はなく、言葉は配慮のルールではなく、当事者一人ひとりの尊厳と選択を尊重するための対話の入口であることを、エビデンスに基づいて示したレビューです。

Enhancing Developmental Language Disorder Identification with Artificial Intelligence: Development of an Explainable Screening App Using Real and Synthetic Data

この論文は、発達性言語障害(Developmental Language Disorder:DLD)を、より早く・客観的に見つけるために、AI(人工知能)を用いた説明可能なスクリーニングアプリを開発・検証した研究です。DLDは知的障害や自閉症とは異なる言語発達の困難を持つにもかかわらず、専門家の不足や評価のばらつきにより、見逃されやすいという課題があります。本研究は、そうした課題に対する技術的解決策を提示しています。

研究では、**7〜10歳の子ども30名(DLD15名・定型発達15名)**に対し、

① 語彙産出

② 形態・統語(文法)能力

③ 文復唱

という、DLDの識別に重要とされる3つの言語課題を実施しました。その結果、すべての指標でDLD群と定型発達群の間に明確な差があることが、ベイズ統計により強く支持されました。

これらのデータをもとに、研究者はランダムフォレストというAIモデルを構築しましたが、特徴的なのは、実データに加えて「合成データ(synthetic data)」を生成・活用した点です。臨床研究ではサンプル数が限られがちですが、合成データを用いることで学習データを拡張し、AIの安定性と汎化性能を高めています。完成したオンラインスクリーニングアプリは、未見のケースに対しても言語聴覚士による臨床診断と高い一致率を示しました。

さらに本研究の重要な点は、このアプリが**「なぜDLDと判定されたのか」を説明できる“説明可能AI(Explainable AI)”として設計されている**ことです。ブラックボックス的な判定ではなく、どの言語指標が判断に寄与したかが可視化されるため、教育現場や医療現場での納得感・活用しやすさが高いとされています。

一言まとめ

この研究は、語彙・文法・文復唱という言語指標の有効性を改めて示すとともに、合成データを活用した説明可能AIにより、DLDを高精度かつ実用的にスクリーニングできるアプリの実現可能性を示したものであり、専門家不足の地域や学校現場での早期発見を大きく前進させる可能性を持つ研究です。

Diagnostic Procedures and Treatments for Autistic Children in the Netherlands: A Scoping Review

この論文は、オランダにおける自閉スペクトラム症(ASD)の子ども(18歳未満)に対する診断手続きと支援・治療の現状を整理したスコーピングレビューです。オランダではASDの有病率が約2.8%と比較的高く、診断や支援の質が子どもの人生に大きな影響を与えることから、現行の制度や実践を俯瞰する必要がありました。本研究では、2004〜2024年に発表された32本の研究を分析し、診断と介入の実態を明らかにしています。その結果、オランダにはASD診断に関するガイドラインが複数整備されているものの、実際の現場では必ずしも一貫して遵守されておらず、診断までに時間がかかるケースが生じていることが示されました。介入については、社会性・コミュニケーション・生活スキルなどの「スキルトレーニング型支援」が中心であり、近年は音楽療法などの代替・補完的アプローチにもエビデンスが蓄積しつつあることが報告されています。総じて本研究は、早期発見・早期支援の重要性とともに、現在提供されている支援の効果を長期的に検証する縦断研究の不足を課題として指摘しており、ASD支援体制を改善するための政策・研究の方向性を分かりやすく示したレビューとなっています。

Neuroimaging Evidence of Facial Emotion Processing in Autism Spectrum Disorder: A Meta-Analysis of Functional Neuroimaging Studies

この論文は、自閉スペクトラム症(ASD)の人が「顔の表情から感情を読み取るとき、脳のどこがどのように違って働いているのか」を、機能的MRI研究を統合したメタ分析によって明らかにした研究です。25本のfMRI研究(ASD 632名・非ASD 568名)を統合解析した結果、ASDの人では、表情認知時に下前頭回(IFG)、紡錘状回(顔認識に重要)、中側頭回、島皮質、小脳など、感情理解や社会的認知に関わる脳領域の活動が全体として低下していることが示されました。特に下前頭回(とくに左側)での活動低下は最も一貫しており、ASDにおける表情感情処理の中核的な神経基盤と考えられます。一方で、課題の種類や年齢による違いも示唆され、感情を意識的に判断する課題や、子どものASDでは、視覚処理領域の活動が強まる傾向が見られました。これは、感情理解のために**視覚情報への依存を高める「代償的な戦略」**を用いている可能性を示しています。本研究は、ASDの表情理解の困難さを「能力不足」ではなく、脳ネットワークの使い方の違いと補償戦略の結果として捉える視点を提供しており、今後の評価方法や支援(視覚的手がかりを活かした支援設計)を考えるうえで重要な知見を示した研究です。

Distinct Patterns of Cognitive and Emotional Empathy in Parents of Children With Autism Spectrum Disorder: A Behavioral and Self-Report Study

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもを育てる親が、他者の気持ちを理解し感じ取る「共感」のあり方にどのような特徴をもつのかを、質問紙と行動課題を組み合わせて調べたものです。中国のASD児の親32名と定型発達児の親32名を比較した結果、ASD児の親は「相手の立場に立って考える力(認知的共感)」がやや低く、一方で「他者の感情に触れたときに感じる自分自身の不安やつらさ(個人的苦痛)」が高い傾向を示しました。また、写真を用いた共感課題では、ASD児の親は感情を判断する反応時間が短く、素早く反応するものの、正確さや感情の感じ方自体は対照群と変わらないことが分かりました。これらの結果は、ASD児の親が「冷淡」なのではなく、感情に素早く反応する一方で、相手の視点を整理して理解するプロセスに負荷がかかりやすい可能性を示しています。本研究は、ASD支援を子ども中心だけで考えるのではなく、親自身の社会的・感情的な負担や共感スタイルにも目を向け、家族全体を支える介入やサポートが重要であることを示した研究です。

Prevalence of Self-Reported Diagnoses of Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder (ADHD) among Post-secondary Students in the U.S.: A Narrative Review

この論文は、アメリカの大学・短大などの高等教育機関に在籍する学生の間で、ADHD(注意欠如・多動症)の診断を自己申告している人がどれくらいいるのかを整理したナラティブレビューです。2008〜2023年に発表された15本の研究をまとめたところ、自己申告によるADHD有病率は**3.4%〜11.2%と幅が大きく、平均すると約9.1%**でした。さらに著者らは、全米規模の学生調査(Healthy Minds Study と National College Health Assessment)の最新データも参照しており、2024〜2025年度には有病率が14〜15%に達し、2019〜2020年度(4〜8%)から大きく増加していることを示しています。こうした増加は、診断へのアクセス改善や認知の高まり、支援を求めやすくなった社会的背景などが影響している可能性がありますが、調査方法やデータソースによって数値が大きく異なる点には注意が必要です。本研究は、大学生のADHDがもはや珍しい存在ではなく、学業・メンタルヘルス・生活支援の観点から、キャンパス内の医療・支援体制を強化する必要性が高まっていることを分かりやすく示したレビューです。

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもに見られる「感覚の過敏さ」「反復・こだわり行動」「運動バランス」「症状の重さ」が、性別や服薬状況とどのように関係しているのかを整理して検討した臨床研究です。8歳前後のASD児125名を対象に、保護者評価や標準化尺度を用いて多面的に評価した結果、女児は感覚反応性が高く、ややバランス能力が良い一方、男児は強迫的・儀式的・限定的な反復行動が多いという性差が確認されました。また、薬物治療を受けている子どもは、非服薬の子どもに比べて感覚過敏が強く、運動バランスが低く、全体的な自閉症症状の重さも高い傾向があり、薬の種類によって特徴が異なることも示されました。具体的には、ADHD治療薬は感覚過敏や強迫的行動の高さと関連し、抗精神病薬は儀式的行動の強さと関連していました。さらに、感覚特性・行動特性・運動面・症状重症度は互いに関連しており、性別や服薬状況を含めると症状の重さの一部を説明できることが示されました。本研究は、ASDの症状は一つの側面だけで理解できるものではなく、性別や薬物治療の影響を踏まえた上で、感覚・行動・運動を統合的に捉えた個別化支援が必要であることを、臨床的に分かりやすく示した研究です。

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