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当事者コミュニティが自閉症遺伝学研究をどう受け止めているか

· 約29分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

この記事では、2025年11月に発表された発達障害関連の「最前線」研究を俯瞰しています。内容は大きく、①ADHD・自閉症の遺伝学とその社会的意味(まれな遺伝変異がADHDリスクや知的能力・社会経済状況にどう関わるか、当事者コミュニティが自閉症遺伝学研究をどう受け止めているか)、②自閉症の認知・行動プロセスの精密なモデリング(視線遷移を連続時間マルコフ連鎖で捉える社会的注意研究、語彙発達をネットワーク成長モデルで説明する研究、職場におけるダニング=クルーガー効果への感受性の低さ)、③支援・介入技術のイノベーション(人間vsアニメーションのビデオモデリング比較、自閉児の情動を心電図・皮膚電気反応から推定するマルチモーダルAI、玩具ロボットCozmoを用いたTheory of Mind訓練のパイロット試験)、④自閉症とライフコース犯罪学をつなぐ理論的検討(自閉当事者の異なる「時間軸」や社会的絆を踏まえ、犯罪学理論を拡張すべきだという提案)という4つの軸にまたがっており、発達障害を「病理」だけでなく、脳・行動・環境・制度・コミュニティをつなぐ複層的なテーマとして捉え直す研究群をコンパクトに紹介する構成になっています。

学術研究関連アップデート

Rare genetic variants confer a high risk of ADHD and implicate neuronal biology

研究紹介・要約(Nature, 2025, 原著論文/大規模エクソーム解析)

論文タイトルRare genetic variants confer a high risk of ADHD and implicate neuronal biology

著者:Ditte Demontis ほか多数(国際共同研究)

掲載誌Nature(2025年)


背景

注意欠如・多動症(ADHD)は、約5%の子ども/2.5%の成人にみられる代表的な神経発達症で、強い遺伝要因を持つことが知られています。これまでの大規模GWASにより、「よくある(common)」遺伝変異の関与は多数示されてきましたが、「まれな(rare)」機能喪失変異がどの程度リスクを高めるのかは十分わかっていませんでした。本研究は、そこを正面から調べた初のNatureレベルの大規模エクソーム研究です。


研究の狙い

  • ADHD当事者と対照群の**エクソームシーケンス(タンパク質をコードする領域)**を比較し、

    まれな有害変異(rare deleterious coding variants)が集中している遺伝子を同定すること。

  • これらの遺伝子群が、どのような神経生物学的プロセス(細胞骨格・シナプス・RNA処理など)に関わるかを明らかにすること。

  • まれな変異を多く持つ人が、知能指数(IQ)や学歴、社会経済状態、併存精神疾患においてどのような特徴を示すかを検証すること。


方法(ざっくり)

  • ADHD診断者 8,895名 と対照 53,780名 のエクソームシーケンスデータを解析。

  • 「まれ」で「機能的に有害と予測される」変異(損失機能や重度ミスセンスなど)を抽出し、

    各遺伝子への集積度を統計的に評価。

  • ADHD以外の神経発達症(自閉スペクトラム症、知的障害など)で知られている稀少リスク遺伝子とのネットワーク重なりも解析。

  • 成人ADHDサンプル(n=962)では、1人あたりの有害変異数とIQや学歴などの関連を検討。


主な結果

1. ADHDリスクに強く関わる「3つの遺伝子」を同定

  • MAP1A, ANO8, ANK2 の3遺伝子で、まれな有害変異の集積が統計的有意水準(P < 3.07×10⁻⁶)を超えて検出。

  • これらの変異を持つと、ADHDリスクはおよそ5.5〜15倍に増加(オッズ比 5.55–15.13)。

  • いずれも神経細胞の骨格形成やシナプス機能、イオン輸送などに関わる遺伝子で、

    神経回路そのものの作り・働き」に直結することが示唆されます。

2. 他の神経発達症リスク遺伝子との「ネットワークとしての重なり」

  • 上記3遺伝子のタンパク質–タンパク質相互作用ネットワークを調べると、

    • 自閉スペクトラム症、知的障害など他の神経発達症の稀少リスク遺伝子が多く含まれていた。
    • 機能的には、細胞骨格の構築、シナプス機能、RNAプロセシング関連の遺伝子が豊富。
  • つまり、ADHDも他の神経発達症と同じく、

    神経細胞の構造・シナプス・遺伝子発現制御の障害という共通の生物学的基盤を一部共有していることが見えてきます。

3. 脳発達と特定ニューロンタイプでの高発現

  • トップ関連遺伝子群は、

    • 胎児期〜出生後の広い発達段階で高発現。

    • GABA作動性ニューロン(抑制性)やドーパミン作動性ニューロンなど、

      ADHDの病態と関連の深い神経細胞タイプで特に強く発現。

  • ADHDの発達早期からの脳回路形成異常を支持する結果といえます。

4. まれな有害変異とIQ・社会経済状況

  • ADHD成人サンプル(n=962)では、
    • 有害な稀少変異が1つ増えるごとにIQが平均2.25ポイント低下
  • ADHD当事者全体でも、有害変異を多く持つ人ほど、
    • 社会経済的地位が低く、学歴も低い傾向がみられた。
  • ADHDと知的障害を併存している人は、
    • 「まれな有害変異の総量」自体がさらに多いことも示されました。

5. 併存精神疾患との関係

  • ADHDに加えて他の精神障害(例:うつ・双極症など)を併存する場合でも、
    • 「有害変異が何でも多い」というよりは、
    • その併存疾患に関連する特定の遺伝子セットで有害変異の負荷が高い傾向。
  • 著者らは、
    • 併存症は「何でも重い」からではなく、特定の経路・遺伝子に集中したまれな変異が追加で乗っている結果だと解釈しています。

この研究が示すこと

  • ADHDは「多数の小さな効果のcommon変異の足し算」だけでなく、

    一部の人では、個々の影響が非常に大きい“まれな遺伝変異”が高リスク要因となっている

  • こうした稀少・高リスク変異は、神経細胞骨格・シナプス機能・RNA処理といった、ごくコアな神経生物学プロセスに集中。

  • まれな有害変異の負荷は、ADHDの中でも特に、

    • IQの低さ

    • 教育達成・社会経済状況の不利

    • 知的障害の併存

      といった重いプロファイルと結びつきやすい。

  • 併存精神疾患は「全体的な遺伝負荷の増大」よりも、

    併存症ごとの特定パスウェイにおける変異の追加で説明できる可能性が高い。


実務・研究への含意

  • 研究面
    • ADHDの遺伝学研究は、今後ますます**「common+rareを統合したポリジェニックモデル」**へシフトしていくと考えられます。
    • 機能解析(モデル細胞・動物での実験)を通じて、今回同定された遺伝子が具体的にどの神経回路・行動特性に影響するかを解明する必要があります。
  • 臨床・支援面(将来的な話)
    • ごく一部のケースでは、**エクソーム解析を通じて「高リスク変異を持つサブタイプのADHD」**を特定し、

      併存知的障害・学習支援のニーズを早期に見積もる、といった方向性も考えられます。

    • ただし現段階では、診断や支援はあくまで臨床症状・機能評価が中心であり、

      遺伝子検査は研究的利用が主であることには注意が必要です。


要約一文

約9千人のADHD当事者と5万超の対照を用いたNature論文は、MAP1A・ANO8・ANK2などの「まれな有害変異」がADHDリスクを5〜15倍に高め、知的能力や社会経済状況、併存障害にも影響することを示し、ADHDの一部が「希少だが影響の大きい神経生物学的変異」によって駆動されるサブタイプを含むことを明らかにした研究です。

Modeling gaze behavior with continuous-time markov chains to investigate social attention dynamics in autism

研究紹介・要約

(Scientific Reports, 2025/11/12, オープンアクセス/社会的注意のダイナミクスを解析する新手法)

論文タイトル

Modeling gaze behavior with continuous-time Markov chains to investigate social attention dynamics in autism

著者:R. Bruschetta ほか(The NEST Team)

掲載誌Scientific Reports(Nature Portfolio, オープンアクセス)


■ どんな研究?

自閉スペクトラム症(ASD)の子どもは、

  • *「どこを見て、そこから次にどこへ視線を移すか」**という
  • *“瞬間ごとの視線の遷移(視線ダイナミクス)”**に特徴があることが報告されている。

しかし多くの従来研究は、

  • どれくらい顔を見たか
  • どのAOIに長く視線を置いたか

など 静的な指標(固定長の注視時間) に依存しており、

リアルタイムの社会的注意の移動までは捉えきれなかった。

この研究はその限界を突破し、

✔「連続時間マルコフ連鎖(CTMC)」 × 「主成分分析(PCA)」

を組み合わせた、新しい視線データ解析手法を開発。

自然な社会的場面映像を見ている子どもの視線データから、

AOI(顔・身体・おもちゃ・背景など)間の遷移確率をダイナミックにモデル化した。


■ 研究方法(概要)

  • 参加者

    • 自閉スペクトラム症の子ども(ASC)
    • 典型発達の子ども(NT)
  • 刺激(自然性の高いビデオ)

    • 子どもと大人による遊び・歌・楽器を使った相互模倣

    • センサリー・ソーシャル・ルーティン(SSR)

      → 自然な「やりとり」「三項関係」「共同注意」が多く含まれる

  • 分析方法

    1. Eye-trackingで各 AOI から AOI へ移動する遷移を抽出
    2. それを 連続時間マルコフ連鎖としてモデル化
    3. パターンを PCA で要約し、群間差を解析

■ 主な結果

1. ASD児は「社会的な視線状態」への遷移が少ない

  • 顔 → 顔(または顔 → 他者)への**再定位(re-orientation)**が少ない
  • いったん社会的対象から逸れると、戻りにくい

2. NT児は「顔 ↔ 他者 ↔ 物体」間の視線往復が多い

  • 共同注意に必要な 三項視線(triangulation) が活発
  • 社会的文脈を維持するように視線を切り替えている

3. ASD児は「非社会的状態」に入りやすく、長く留まる

  • 背景・物体に視線が固定されやすい
  • 特に「物体中心の場面」で顕著

4. 視線の“瞬間ごとの動き”を解析すると、社会的動機づけ・注意制御の違いが可視化される

  • ASD児では、

    • 社会刺激へのモチベーションの弱さ
    • 注意の柔軟性の低さ
    • 感覚処理の偏り

    が、視線遷移として現れている可能性


■ 意義(なぜ重要?)

★ 本研究は、「注視時間」ではなく

“視線がどのように流れるか”を行動指標として可視化できる初の枠組み

を提示している。

これは、

  • 共同注意の障害
  • 社会モチベーション仮説
  • 感覚過敏/興味の偏り

といったASDの理論的モデルを、

よりミクロで動的な行動データから検証できるという点で大きな価値がある。

★ バイオマーカーとしての応用可能性

  • 視線の「遷移パターン」そのものが、

    発達支援・早期診断の新しい候補指標になりうる。

★ 複雑な自然場面でも適用可能

従来の単純な顔写真刺激とは異なり、

リアルな社会的相互作用をそのまま分析できる点が革新的。


■ 限界

  • 自然動画はメリットでもあるが、刺激統制が難しい
  • マルコフ連鎖に使うAOI定義に依存してしまう
  • 発達年齢・言語能力などの要素を完全には統制できていない
  • ASD内部の多様性(重症度・プロファイル)までは検証していない

■ 要約一文

本研究は、連続時間マルコフ連鎖を用いて「視線の流れ方そのもの」をモデル化し、ASD児が社会的対象からの逸脱と非社会的状態の持続を示す独特の視線遷移パターンを持つことを明らかにした──視線ダイナミクスを新しい社会的注意バイオマーカーとして捉える先駆的研究である。

Comparing Human Video Modeling to Animated Video Modeling for Learners with Autism


研究紹介・要約(The Analysis of Verbal Behavior, 2025/11/12, オープンアクセス/短報)

論文タイトル

Comparing Human Video Modeling to Animated Video Modeling for Learners with Autism

著者:Christopher Bloh, Lynn Bacon, Barbara Begel, Katherine Madara, Brianna Koller

掲載誌The Analysis of Verbal Behavior(オープンアクセス)

研究種別:短報(小規模実験比較研究)


■ どんな研究?

自閉スペクトラム症(ASD)の子どもは、

  • *会話中の適切な言葉の応答(intraverbals)**や、
  • *表情・ジェスチャーなどの模倣(motor imitation)**に困難を示すことが多い。

こうした課題に対し、ABA領域では

「ビデオモデリング(Video Modeling)」

が有効な介入として実践されている。

従来は人間による実写動画(human video modeling)が中心だったが、

近年は発達支援アプリ・教育ソフトの普及により

アニメーション動画(animated video modeling)

の利用も増えている。

しかし、**「どちらのほうが学びやすいのか?」**について比較した研究は非常に少ない。

本研究は、

✔「人間の実写ビデオ」 vs 「アニメーション動画」

の2つのビデオモデリングを直接比較し、

ASD児の学習成果を検証した初期的な実験である。


■ 方法

  • 対象者:ASDのある児童8名
  • 教示内容
    • intraverbal(適切な言葉の応答)
    • 表情や身体動作の模倣(motor imitation)
  • 介入
    1. Human Video Modeling(実写)
    2. Animated Video Modeling(アニメーション)

各児童は、両方の動画を使った学習条件を経験し、

どちらの形式で目標行動をより習得できるかを比較した。


■ 結果

● 8名中7名は、いずれか一方または両方の動画で学習が成立した

結果は完全に個別差が大きいことが示された:

学習パターン人数
実写の方がよく学べた2名
アニメーションの方がよく学べた3名
どちらも差がほぼなかった3名
実写のみで学習できた1名
アニメのみで学習できた1名

どちらか一方が明確に優れているという証拠は得られず、両方に利点がある。


■ 考察

  • 学習者によって、より反応しやすいビデオ形式が異なる。

  • 視覚刺激、キャラクター、背景の抽象度の違いが

    注意の向けやすさ・理解のしやすさに大きく影響している可能性。

  • 特にASD児は認知特性が多様であるため、

    • *「最適な映像形式は個人ごとに異なる」**という示唆が強い。

また、intraverbalとmotor imitationという

「言語+身体」の複合課題においても、

アニメーションは十分なモデリング効果を持ち得ることが示された。


■ 限界

  • サンプルサイズが小さい(8名)
  • 児童の特性(言語レベル、感覚特性、模倣スキル)による個別差を十分に分析できない
  • 長期的な維持(maintenance)や般化(generalization)は未検証

■ 実践的示唆(支援者・教育現場向け)

  • 実写が必ずしも万能ではない
  • アニメーションの方が集中しやすい子どもも多い
  • まずは両方のフォーマットを試し、子どもに合う形式を選択するのが合理的。
  • オンライン教材やアプリを活用したハイブリッドな介入も効果的になり得る。

■ 要約一文

実写ビデオモデリングとアニメーション動画を比較した結果、どちらが優れているとは conclusively 言えず、児童ごとに反応が大きく異なった──ASD児の言語応答や表情模倣指導では、個々の特性に応じて動画形式を柔軟に選択することが重要である。

Life-Course Theory on the Spectrum: Autism, Neurodiversity, and the Boundaries of Developmental Criminology


研究紹介・要約(Journal of Developmental and Life-Course Criminology, 2025/11/12, 原著論文)

論文タイトル

Life-Course Theory on the Spectrum: Autism, Neurodiversity, and the Boundaries of Developmental Criminology

著者:Gabriel Alvarez

掲載誌Journal of Developmental and Life-Course Criminology


■ どんな研究?

ライフコース犯罪学(Life-Course Criminology: LCP)は、

人の人生における転機(turning points)・社会的絆(social bonds)・累積的不利(cumulative disadvantage)

を枠組みとして「犯罪行動の発生・変化」を説明する理論である。

しかしこの理論は、

✔ 「典型的(neurotypical)な発達タイムライン」を前提としており、

自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Condition: ASC)のある人の人生に十分適用できないのではないか?

という問題を本論文は提起する。

本研究は、犯罪率が高いからではなく、むしろ低いにもかかわらず犯罪学理論の想定から排除されてきた自閉当事者のライフコースを、

理論的に再位置づけることを目的としている。


■ 本研究の中心的主張

著者は、ASCの人生過程がLCPの想定と3つの点で根本的に異なると論じる。

1.「転機(turning points)」が異なるタイムラインで起こる

  • 結婚・就職・独立など、LCPが前提とする「典型的な成人への移行」が
    • 遅れて起こる
    • 異なる形で起こる
    • そもそも起こらないこともある
  • これは “失敗” ではなく、異なる発達時間(alternative temporalities) を生きているため。

2.「社会的絆(social bonds)」が非典型的経路で形成される

  • 介護役割(caregiving)

  • オンラインコミュニティの深い関係性

  • 伝統的でない友情や親密さ

    など、LCPが想定していない形態の「絆」を基盤に社会と関わる。

3.「累積的不利(cumulative disadvantage)」の形成メカニズムが異なる

  • ASCが経験する不利は、典型的な犯罪学が想定する「初期の非行」ではなく、

    制度的排除、誤解、監視、適応負荷(masking)」によって累積していく。

  • これは、本人の逸脱ではなく「社会の構造的障壁」が源となる。


■ 著者の提案:LCPの拡張

本論文はLCPを否定するのではなく、

「自閉スペクトラムを含む多様な神経発達特性を前提に“理論そのものを拡張”すべき」

と主張する。

特に以下の要素を理論に組み込むことを提案している:

  • 異なる発達速度・時間感覚(neurodivergent temporalities)
  • 非標準的な転機の定義
  • オンライン・介護・非伝統的関係による社会的絆のモデル化
  • 「適応のための努力(masking)」や「制度回避(system avoidance)」の理論的位置づけ
  • 監視・排除を中心にした累積的不利モデルへの書き換え

■ 意義

  • 犯罪行動を前提にしない「障害 × ライフコース」の新たな理論的架橋
  • 社会的排除や制度的暴力を捉える視点を犯罪学に導入
  • 発達研究・障害学・社会学など、他領域の知見を含めた学際的貢献
  • LCPをより包括的かつ倫理的な理論へアップデートする試み

■ 要約一文

自閉スペクトラムのライフコースは、転機・社会的絆・累積的不利のいずれにおいても「神経典型前提の犯罪学」から大きく外れ、LCPは発達の多様なタイムラインを取り込む形で理論拡張が必要である、と論じた思想的・理論的研究。


Systematic Approach to Emotion Recognition in Autistic Children Using MTAE-CTrans


研究紹介・要約(Arabian Journal for Science and Engineering, 2025/11/12, 原著論文/電気工学 × 自閉症支援AI)

論文タイトル

Systematic Approach to Emotion Recognition in Autistic Children Using MTAE-CTrans

著者:Soshya Joshi, L. N. B. Srinivas

掲載誌:Arabian Journal for Science and Engineering

領域:電気工学・生体信号処理・自閉症支援AI


■ どんな研究?

自閉スペクトラム症(ASD)の子どもは、

表情・視線・発話だけでは感情を把握しづらいことが多く、

従来の表情ベースの感情認識AIは十分に機能しない課題がある。

この研究は、

「自閉児の情動状態を“非言語生体信号”から高精度で推定するAIモデル」

を開発した点が最大の特徴。

使用した生体信号は:

  • ECG(心電図):心拍変動やストレス反応
  • GSR(皮膚電気反応):発汗・興奮度

という、情動変化を反映する客観データである。


■ 研究の新規性

提案手法 MTAE-CTrans(Multi-modal Temporal AutoEncoder + Cross-Transformer)は、以下の3つの最新AI技術を統合している。

① Selective Kernel Temporal Autoencoder(時系列特徴抽出)

  • ECG/GSRのノイズ除去・正規化・データ拡張を行った上で

    “時間的特徴” を抽出。

  • 異なる時間スケールのリズムに自動適応し、微細な変動を捉える。

② Multi-modal Cross-Attention Transformer(クロスモーダル連携)

  • 心電図と皮膚反応の特徴量を“相互注目”しながら結合。

  • 「心拍の変化」と「皮膚反応のピーク」が同時に起きた瞬間など、

    複合的な感情指標を精密に捉える。

③ EmbraceNet(頑健なマルチモーダル融合)

  • それぞれのモダリティの特徴ベクトルを

    “落ちにくい形で”統合する特殊構造。

  • ノイズ・信号欠損のある実データでも高い再現性を確保。

最終的に安定した多クラス感情識別モデルを構築。


■ 実験結果

✔認識精度:98.93%

最新手法を大幅に上回り、ほぼ完全に近い精度で感情分類が可能。

✔計算時間:2.7秒

リアルタイムでの利用(療育現場・デバイス実装)にも実用的。

比較した既存手法(CNN, LSTM, DNN系)よりも

明確に高精度かつ安定した性能を示した。


■ この研究が示す意義

1. ASD児に特化した“感情推定AI”の確立

  • 表情や発声が少ない子どもにも適用可能。
  • 自閉症支援領域での“客観的情動理解”の道を開く。

2. 感情認識の生体信号アプローチの強化

  • 心拍・皮膚反応は表情より信頼性が高く、文化差も少ない。
  • 将来的にはウェアラブルデバイスへの搭載も現実的。

3. テレヘルス・療育・教育支援への応用

  • セラピストや教師が「その瞬間の情動の変化」を把握できる。
  • meltdown/stress signs の早期検知に役立つ可能性。

■ 限界(今後の課題)

  • データセット規模が限られ、より多様なASD児での検証が必要。
  • ラベル付けされた“感情状態の基準”に主観的偏りが入りうる。
  • センサの装着を嫌がる子どもではデータ取得が難しい。

■ 要約一文

心電図と皮膚電気反応をTransformerで統合した新モデルMTAE-CTransが、自閉児の感情を98.9%の精度で認識することに成功し、表情依存の限界を超えた“客観的・マルチモーダルな情動推定AI”として強い可能性を示した研究。


Reduced Susceptibility to the Dunning-Kruger Effect in Autistic Employees

研究紹介・要約(Autism Research, 2025/—/組織心理・認知バイアス研究)

論文タイトルReduced Susceptibility to the Dunning-Kruger Effect in Autistic Employees

著者:Lorne M. Hartman, Harley Glassman, Braxton L. Hartman

掲載誌Autism Research(Wiley)

研究領域:自閉症の認知特性・職場パフォーマンス・意思決定バイアス


■ この研究は何を扱っているか?

本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の成人がどの程度“ダニング=クルーガー効果(DKE)”の影響を受けるかを初めて検証したもの。

DKEとは、能力が低い人ほど自分の能力を過大評価し、能力が高い人ほど過小評価しやすいという認知バイアスである。

ASDは従来より「社会的影響や認知バイアスを受けにくい」という特徴が議論されてきたが、

DKEにおける自閉症者の“自己評価の正確さ”は研究されていなかった。


■ 研究方法

  • 対象:自閉症の社員群と非自閉症の社員群

  • 課題:分析的思考を測る標準テスト CRT(Cognitive Reflection Test)

  • 条件:

    • 実際の得点について フィードバックなし

    • 「自分が何問正解したか」

    • 「同参加者の中でどれくらいの割合の人より良く出来たと思うか」

      を自己評価させる

  • 目的:客観的パフォーマンスと自己評価の乖離=DKEの強さを比較


■ 結果

1. 低パフォーマンス群(苦手な人たち)

  • 自閉症者の方が“過大評価が少ない”
  • 非自閉症者は必要以上に自信過剰(典型的なDKE)

ASD群は「できていないのにできていると思い込む」傾向が弱い


2. 高パフォーマンス群(得意な人たち)

  • 自閉症者は自分を過小評価する傾向が強い
  • 非自閉症者は比較的に自己評価が高い

ASD群は「できているのに自信を持ちにくい」


■ 解釈

この非対称な特徴は以下を示唆する:

  • ASDの人は

    • 能力が低い時 → 正確に現実的に判断しやすい
    • 能力が高い時 → 謙虚で自己控えめな評価をしやすい
  • 非ASDの人よりも、

    社会的比較・推測・自己演出に左右されにくい自己評価のパターンを持つ


■ 職場での実務的示唆

1. 強み:誤った自信による意思決定リスクが低い

  • DKEの影響が弱いため、

    自己過信による誤判断のリスクが低い点は組織上の資産となる

  • 特に分析・品質保証・監査などに向く特徴

2. 課題:高スキルにもかかわらず自己評価が低くなりやすい

  • 昇進判断、自己申告ベースのパフォーマンス評価で不利になる可能性
  • 本来の能力が過小評価される恐れがある

3. マネジメントの示唆

  • パフォーマンスの“見える化”とフィードバックが重要(過小評価対策)
  • 過大評価が少ないので、リスク管理や検証業務の適性が高い

■ 理論的意義

  • ASDとメタ認知(self-monitoring、自己評価)の関係に新しい知見を提供
  • 社会的比較や自己呈示が弱いASDの特性とDKEの関係を実証的に示した
  • 組織心理学における「認知バイアス研究」を神経多様性に拡張した画期的成果

■ 要約一文

自閉症の社員は、能力が低い時は過大評価せず、能力が高い時はむしろ控えめに評価する傾向があり、非自閉症者よりダニング=クルーガー効果の影響を受けにくい──この特徴は職場での判断精度の高さやリスク低減に寄与しうる重要な認知的強みを示した研究である。

Vocabulary development in autistic children: a network growth analysis

研究紹介・要約(Journal of Child Psychology and Psychiatry, 2025/語彙発達・ネットワーク科学)

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の幼児がどのように語彙を獲得していくかを、ネットワーク科学に基づく“語彙成長モデル”を用いて解析した大規模データ研究である。721件のASD幼児の語彙チェックリストと、2,166件の非ASD幼児の語彙データを比較し、語彙項目ごとの「どれくらい語彙が増えた段階でその語が学ばれやすいか」という獲得規範を算出したうえで、語と語のつながり(共起・意味ネットワーク)に基づく3種類の成長モデルが、語彙習得の軌跡をどれほど説明できるかを検証した。

結果、語彙サイズベースの獲得規範は実年齢の習得データと整合性が高く、年齢基準が取りにくい神経多様性集団にも有効であることが確認された。また、ASD児と非ASD児の語彙成長は、いずれも「既に知っている語と強く結びつく語」や「環境内で多くの語と意味的につながる語」が優先的に学ばれるという共通のパターンを示した。すなわち、語同士のネットワーク構造を足場にした語彙学習という理論的説明が、ASDでも非ASDでも同程度の妥当性を持つことが明らかとなった。

本研究は、ASD児の語彙発達が“まったく異なる”学習機構ではなく、語の意味ネットワークを活用する点で基本的に共有されていることを示し、語彙獲得の認知メカニズムを理解する上で重要な知見を提供している。

Exploring community perspectives on autism genetics research: Indications of supportive views and educational needs


研究紹介・要約(Autism, 2025/大規模ステークホルダー調査)

この研究は、自閉症の遺伝学研究に対して、当事者や家族が実際にどのような考えを持っているのかを、大規模サンプルで体系的に調べた初めての調査である。従来、遺伝学研究に関しては「一部の強い懸念の声」が大きく取り上げられてきたが、それが広いコミュニティ全体の意見なのかは明確でなかった。本研究は、オランダの自閉症成人1,757名、ASD児の親445名、成人ASDの法定代理人126名を対象に、遺伝性に関する意識と学習ニーズを調べた。

調査の結果、95%以上が「自閉症が遺伝することを知るのは重要」と回答し、67%が「もっと学びたい」と回答。その理由としては、

  • 自閉症の原因を理解したい

  • 診断の質を高めたい

    という前向きな動機が多く、ステークホルダー間の意見差もほとんど見られなかった。

    これは、「遺伝学研究に対する当事者コミュニティの姿勢は一様に否定的」という従来の印象とは異なり、実際には支持的で、知識ニーズが高い層が多数存在することを示している。

また、本研究は、遺伝学への理解が十分でない人が多いことも明らかにし、分かりやすい情報提供、当事者の研究参画、コミュニティと研究者の継続的対話が、倫理的かつ有意義に自閉症遺伝学研究を進める上で不可欠であると結論づけている。

総じて、本研究は「自閉症コミュニティの声は多様であり、遺伝学研究を前向きに捉える層は大きい」ことを示し、未来の研究枠組みづくりに重要な指針を提供している。

Frontiers | Sally and… Cozmo? Training Theory of Mind using a toy robot: a pilot study

研究紹介・要約(Frontiers in Psychology/ロボット支援・ABA介入パイロット研究)

本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもに対する Theory of Mind(心の理論:ToM)訓練を、手頃な市販ロボット玩具「Cozmo」を用いて実施できるかを検証したパイロット試験である。Cozmo は市販の小型ロボットで、表情表示や簡易な動作で子どもを引きつけられることから、臨床現場でも導入しやすい点が注目される。本研究では ASD 診断を受けた 14 名の子どもを対象に、ロボット補助セッション+通常セラピー通常セラピーのみを比較する二期間クロスオーバー試験を実施した。

介入内容は、心理学で広く用いられる「誤信念課題(Sally-Anne課題など)」をロボットと対話形式で体験できるように改良したもの。ToM と感情認識能力は、臨床神経心理検査 NEPSY-II の該当下位尺度で T0(開始前)、T1(期間1終了後)、T2(クロスオーバー終了後)に評価された。その結果、ロボット補助を組み合わせた場合、標準セラピー単独よりも ToM や感情理解の向上が大きい傾向が見られた。

本研究は小規模であり、臨床家の監督下で実施されたため直接的な一般化には限界があるが、安価でポータブルな玩具ロボットでも、ASD 介入を補完する実用的なツールとして機能しうることを示した意義は大きい。特に、ロボットは動機づけや参加継続を引き出しやすいため、今後、より大規模で多様なサンプルを対象とした研究が期待される。日常生活や家庭・学校の場面でも活用可能なToMトレーニングツールとしての可能性を示す有望な初期エビデンスである。

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